たけうちんぐ最新情報


⬛︎ たけうちんぐ/竹内道宏と申します。ライターと映像作家をやっております。 プロフィールはこちらをご覧ください。
⬛︎ 文章・撮影などのご依頼・ご相談はこちらのメールアドレスまでお気軽にお問合せください。takeuching0912@gmail.com
⬛︎ YouTubeチャンネルはこちら→たけうちんぐチャンネル/Twitterアカウントはこちら→

2018年6月17日日曜日

いつか暮れるすべてのものへ。 - 神聖かまってちゃん『33才の夏休み』MV



「僕の人生は教室で自殺しようとしたあの日で
 すべてが終わっているんだ
 そんな僕がここで人様の人生をねじまげるきっかけになれたら
 僕はちょっとだけうれしい
 人生1回しかないんだ
 人生ってのは1回でそれが終わったら
 なーーーーーんもねぇ!!!!!!!」

の子さんが10年前、2ちゃんねるにこのように書き込んでいた。
彼が一度人生を終わらせようとした“教室”は、人として生まれた以上誰もが避けられない場所。
そこにずっと居座る人もいれば、逃げ続ける人もいる。

ここを始まりとして、神聖かまってちゃんの10年間を描こうとした。
の子さんがこの教室でまだ“大島亮介”だった頃に体験した、誰かに嘲笑われているような幻聴と、ひとりぼっちの救いようのない閉塞感から、フィクションを通して一つのバンドのノンフィクションを映し出そうとした。

2ちゃんねるに書き込んだ頃、“神聖かまってちゃん”と名付けられたそのバンドは誰にもかまわれなくて、ライブハウスのステージの向かいには対バンのバンドメンバーとPAさんのみ。どんなに良い曲を作っても一生懸命にライブをしても、それを目撃してくれる人はほんの一握り。
そこで、の子さんは一つの武器を見つけた。それはインターネットだった。誰もが当たり前のように日常的に使用しているものを主戦場に置き、話題を集めるために配信しながら渋谷の交番に突撃したり、自ら編集したMVをYouTubeにアップしたり、当時どのバンドも手を付けなかった手段を飛び道具として利用した。

そんなインターネットでの活動が功を奏して、その姿は遠く離れた場所にいる人々の元へ届き、僕もその一人になった。
2009年4月。『ロックンロールは鳴り止まないっ』のMVが呼び起こす初期衝動に突き動かされて、仕事帰りにふと立ち寄ったライブハウス。今は無き下北沢屋根裏の受付で、「お目当てのバンドは?」と尋ねられて「神聖かまってちゃん」と答えた。会場のドアを開けると、僕含めて3人しかいなかった。やがて本番になっても、結局10人にも満たなかった。
しかし、そこでの子さんはまるで何千人もを相手にするようなパフォーマンスを繰り広げていた。

あれから9年の月日が流れた。SEKAI NO OWARI主催の『club EARTH 12th Anniversary』で、神聖かまってちゃんは2000人以上の観客に立ち向かっていた。

「僕はいつか 東京のど真ん中で 何千人の前で 存在をみせてやる」

あの頃教室で自殺しようとしたの子さんが、『いくつになったら』で歌っていたことを次々と現実にしていく。
僕は下北沢屋根裏で初めて彼らを目の当たりにした一ヶ月後からいつの間にか、の子さんが何度も振り落とすギターに、千葉ニュータウンを駆け走る女の子にカメラを向けていた。



神聖かまってちゃん「33才の夏休み」MusicVideo
https://www.youtube.com/watch?v=s7jVsMnNReE


神聖かまってちゃんと9年間付き合ってきて、ミュージックビデオを今回初めて作ることになった。
その『33才の夏休み』は、かつての夏休みだった23才からの10年間だけでなく、あの教室で自殺しようとした大島亮介くんが“の子”と名乗って、自己を解放されるストーリーから始めないといけない。神聖かまってちゃんが表現する喜怒哀楽の根源的な部分を絶対に無視できないでいた。
それが彼だけのストーリーに収まらず、やがてその衝動が音楽となり、多くの人の新たな衝動をネットでリンクさせていく様を描かないといけないと思った。

女の子がいじめを受けている。いじめっ子の佐藤に対して「死ね」と叫び続ける『夕方のピアノ』のデモ音源の最後に、物悲しく響いているリコーダー。『笛吹き花ちゃん』の「誰もいない教室でみんなは死んだと勝手に決めつけた」という女の子の口から、それを鳴らそうと思った。

今在るすべてのものを美しく切り取りたい。そのすべてがいつか終わるものであることを示したい。
そして10年の歳月を、の子さんが今も住む千葉ニュータウンで表したい。


ー千葉ニュータウンを美しくー



『ロックンロールは鳴り止まないっ』のMVでの子さんが腰掛けた桟橋は、釣堀のご主人によると2011年の震災で大半が沈んでしまったらしい。『僕は頑張るよっ』で蹴り込んだボールの向かう先にサッカーゴールはなく、今は撤去されてしまったという。

今年4月、の子さんがかつて自作のミュージックビデオで撮影した地をロケハンで回った。そこで10年の時の変化を手に取るように感じた。まるでカケラを拾い集め、パズルのピースを埋めるかのような作業だった。主人公の女の子の心情に寄り添うように、沈んだ桟橋は行き場がなく、姿なきサッカーゴールは受け手のない感情にロケーションが相応しかった。

春夏秋冬、晴れ雨曇り。風景は時の経過を感じさせる。街は建て替わり、人口が増えることで緑は削られる。それでも、千葉ニュータウンには変わらない景色が堂々とそこにある。
女の子がMDプレイヤーに出会って以後の風景は、10年前と変わらないロケーションを選んだ。踏切、公園、里山、森。そしてひょうたん山。それらは決して回顧でもイメージの連続でもなく、今この瞬間も生き生きと命を輝かせる風景を映し出すためだった。
そしてまた新たにこのバンドで出会う人たちが元となったMVを探したり、昔観たことがある人たちでも振り返って過去作を見返したりしてくれることを望んで、“10年”をこの作品だけに留めたくなかった。

その中心となるのが、『ぺんてる』のモデルになった櫻井商店だ。




ビートルズでいうリヴァプールのように、名作映画のロケ地でも訪れるように、“聖地”を持っていることがバンドの特性であり魅力の一つであることは、神聖かまってちゃんの活動を見てきた人なら誰もが知っていることだろう。
町の文房具屋さんである櫻井商店は今も多くのかまってちゃんのファンの方が訪れ、来店した人が自由に書き込めるノートまである。の子さんが少年時代を過ごした、いわば神聖かまってちゃんの原風景として愛されている。地元の人々にとって坊主頭の中学生男子が二人仲良く寄り添っていたり、ジャスコな街にイオンができたとしても昭和の時代から頼もしく在り続けているようだ。

「大島さんがよくここに文房具を買いに来てたのよ」とお店のおばさん。初対面でも気さくに中学生時代の大島亮介くんの話をしてくれた。「だいたい一人で来ていたと思うよ」と聞いて、ここを女の子の心情がステップアップする場所に相応しいと思った。
音楽で湧き上がるエモーションは目に見えないものでも、神聖かまってちゃんはヘルメットとサングラスが象徴として目に見える。だから、の子さんの“神”ヘルメットを被って櫻井商店の窓ガラスに半透明に映る姿を見ることにした。そこで初めて自分の姿を見つめて微笑むことで、自己を認めさせたい。あるいはおかしな姿になることで引いた目になり、自らの滑稽さを笑ってもらいたかった。

人間性を否定された者の心に人間から遠く離れたモンスターが宿り、刃物を向けて自らや誰かを襲うことが今もなお繰り返されている。衣食住に関係なく、無くても生きていけるはずの音楽の役割を今一度示したい。だから、誰かが認めてくれるのを待つのではなく、耳元で鳴る音楽が自分を認めることを手伝わせたいと思った。
かつてジャポニカ学習帳を手にした大島くんのように、女の子にここで大きなものを手にしてもらいたかった。




おばちゃんから「大島さんに何かお店のものを持っていってあげて」と、三色のボールペンを渡された。お金を払おうとしても「いいからいいから。私もそう長くはないんだから」と何度も拒まれた。
ここで一つの目的が生まれた。今から映し出すすべてがそう長くはないものであるからこそ、“残す”ことを心がけよう。櫻井商店を半永久的に留めるために美しく切り取ることを、ボールペン代の代わりにしよう。
そしてボールペンもまた、“残す”ために女の子の手前の机に小道具として使用した。いつかタイミングが来たら、の子さんに渡そうと思った。ボールペンはすぐに無くなるものだからこそ、大切に保管しておきたくもあった。


ー女の子を美しくー



意味もなくそこに在たりと雰囲気だけで済ませるような、イメージビデオにだけは絶対にしたくない。
傷ついた女の子がそこに在ることを力強く証明することで、同じ気持ちに打ちひしがれている、または過去にその経験を味わった人たちの元に届けられることができる。陰と陽の振り幅をお芝居で見せることで、神聖かまってちゃんの世界を体現できると思った。

その存在を放つことができる人を探していた。『ミスミソウ』『ライチ☆光クラブ』などで知られる内藤瑛亮監督の新作映画『許された子どもたち』の“ある視点撮影”という名のBカメで参加していた時に、ふと心に留まる存在があった。
それが今回のMVで主演を務めてくれた池田朱那さん。澄んだ瞳にどこかしら強い意志を感じ、大人びた表情をしながらも微笑むとえくぼが目立ち、口元に鮮やかな幼さが浮かぶ。子どもと大人との絶妙な境目が、神聖かまってちゃんのイメージにピッタリに感じた。また、最近観た映画を尋ねると韓国映画『息もできない』を繰り返して観たそうで、16才にしてこの感性は間違いないと思った。

とはいえ、神聖かまってちゃんと過ごした9年間のおよそ3,000日と、池田さんとこれから撮影で過ごす片手の指で数えられる程度の日数とが、被写体としての熱量に相違が生まれることを恐れていた。
でも、それは早々に杞憂に終わった。撮影初日、教室のシーンのファーストカットであっけなく吹き飛ばされた。廊下から机に供えられた花を見つめる表情で、確信に近いものがあった。




彼女が神聖かまってちゃんのライブと同じように、夢中になって撮影をさせてしまう女優であることに気付いた。
傷ついているけど傷ついていないフリをしてほしい。決して弱く見せないよう感情を誤魔化している、そんな気持ちで演じてほしい。教室のシーンのお芝居はしつこく何度もそう伝えて、それを池田さんは持ち前の勘の良さと鋭い適応力で、監督として何一つストレスを感じない飲み込みの早さで、撮りながら手応えしか感じられない素晴らしい演技で収めさせてくれた。

あらゆる選択肢を絞って、主人公の女の子役は神聖かまってちゃんを元々よく知らない、彼らとは普段から程遠い場所にいる必要があった。
打ち合わせの際に参考のつもりで、パソコンを床に叩きつけて破壊するの子さんの過去の映像を見せた。池田さんが「わっ」と驚いて身体を動かして、そこを重要に感じていた。バンドに特別な思い入れがないからこそ、新鮮な感覚で神聖かまってちゃんを見つめることができる。その存在をファンだけに留めず、初期衝動の器として普遍性を持たせられるから。

今まで長年付き合ってきて、神聖かまってちゃんをドキュメンタリーの視点でしか、生々しいライブの現場やメンバーの言葉を紡ぐことしかしていなかった。
だからこそ、そこを強みとしてMVには一つでもドキュメンタリーの要素を取り入れようと思った。それがギターとパソコンの破壊のシーンで、予期せぬ壊れ方や小さなアクシデントを心の奥底で期待していた。

でも、もっと素晴らしいドキュメントを池田さんは魅せてくれた。




このカットには嘘がない。池田さんが実際に『33才の夏休み』を聴きながら涙を流す姿をただ切り取ったものだ。
『33才の夏休み』のMVは当然ながらすべて構成したもので、女の子はお芝居で、かまってちゃんのメンバーの演奏は当て振りだ。ギターとパソコンを壊すのも、あらかじめ仕組まれた演出である。
でも、池田さんはこの曲を聴くことで純粋に心を動かし、涙を流してくれた。そのおかげで無作為なカットになり、今までに撮影してきたライブ映像と同じように歴としたドキュメンタリーになった。

千葉ニュータウンでのロケ日は予報では大雨だった。それが雲が早く流れてくれたおかげで、昼からピーカンで雲一つない天気に恵まれた。キラカードが貼られた背中に絶妙なタイミングで風が当たり、黒い髪が華麗に舞った。あらゆる奇跡に迎え入れられたけど、池田朱那さんが何よりも奇跡だった。
MDと出会ってからの表情の変化のグラデーションや、パソコンを壊す時のアクション映画さながらの躍動感。それらが想像通りかそれを超えるもので、もっとお芝居が見たくなったし、この人を主演にまた作品を作りたいなと思った。
思い返せば、人生には幾つか大切な決断があった。それは9年前に神聖かまってちゃんを撮影しようと決めたことと、自分にとって彼らの初めてのMVの主人公を池田朱那さんに演じてもらうこと。この二つに同じくらい大きな価値を感じている。

帰りの車中で「あーほんと、池田さんでよかった〜!」と大きな声で伝えてしまった。この撮影期間、緊張と高揚感のせいか布団に入っても一睡もできなかった。そこからの安堵感と達成感が入り混じったせいか、帰り道にイヤホンで『33才の夏休み』を聴いていると、自分も池田さんのように無作為な感情が溢れてしまった。




池田さんが神聖かまってちゃんをイラストに描いて送ってきてくれた。

メンバーそれぞれが愛おしく描かれていた。撮影を通してこんなに好きになってくれたことで、神聖かまってちゃんの音楽に突き動かされた女の子のフィクションがいつの間にかノンフィクションになった。


ー「みんな死ね」を美しくー



悪意のために供えられた花はいつしか枯れて、日が暮れるようにすべてものが朽ち果てていく。
7年前、震災直後に発表した『僕は頑張るよっ』で歌われた、「人間はいつか死ぬ」。それが絶望にも希望にも受け取れるように、暮れゆくものを残すことができるのが“撮影すること”であることを、神聖かまってちゃんを撮影しているとふと気付くことがある。
夕暮れ空がいつだって美しい断末魔を叫ぶように、壊れゆくギターとパソコンも終わりゆく姿を激しくも綺麗に切り取りたいと思った。

誰もいない教室でみんなにお花を供えて、過去のアルバムのタイトルのごとく「みんな死ね」とやりきれない感情が芽生えたとしても、その花は残酷なまでに美しく咲き誇っている。
やがてカンカンと枯れて、みんなあっけなく死んでしまう。
枯れゆく花と同じく床に散らばっているCDも、やがてMDのように過去のものとなり、ノスタルジーの中に放り込まれていくのだろう。それでもその盤面が誇る虹色の輝きを、漲る生命のごとく映し出したいと思った。振り下ろすギターが神聖かまってちゃんの過去作品を含めたそれらのCDを叩き潰すことで、激しさの中でバンドの過去より今を、今より未来を照らし出そうとした。

ケンカと解散危機を幾度となく経てきた彼らが今、お互いを尊重するようになったことで提示する“10年後”というものは、誰かにとっての過去や現在の負の感情をいつか笑い合えるような希望になると思っている。
現に今、の子さんのかつて教室で味わった孤独が原動力となり、あの頃の負のエネルギーが“人様の人生をねじまげるきっかけ”になっている。それは今世の中で起きているあらゆる悲劇も、その後の様々な可能性を示すものになるかも知れない。

映画や音楽や小説などの作品がこの世に在る、それを必要とする人がいる理由というものが、それらが一つの考え方を押し付けるものではなく、選択肢を作るからだと常々思う。自己にも他者にも「~べき」を作るのではなく、芸術作品は「こういう方法もある」と提示することができる。
『ロックンロールは鳴り止まないっ』の歌詞にある「遠くで、近くで、すぐ傍で、叫んでやる」は、インターネットで遠くの人の元に届き、ライブで目の前の近くにいる人に叩きつけ、いつも心のすぐ傍で鳴ることのように思う。
MVの中で女の子と神聖かまってちゃんを出会わせないようにしたのは、いつだって本物のヒーローは遠い場所にいて、そのくせ心がすぐ近くにあると思っているから。イヤホンを取っても鳴り止まず、自分でリズムを取りながら夕暮れ空を眺める女の子のその後に、甘酸っぱい可能性を秘めさせたいから。
若いミュージシャンに限らず、人気のユーチューバーや『進撃の巨人』や『恋は雨上がりのように』の原作者など、ジャンルの垣根を越えて神聖かまってちゃんが原動力となって活躍している人たちが最近ますます出てきていることを、女の子がの子さんと同じ方向を見つめる姿に込めたかった。




神聖かまってちゃんの演奏シーンの撮影の終盤のことだった。

ギターの破壊を無事に撮り終えて、その撮影を見ていたmonoくんがの子さんの熱量に必死に合わせようとしたのか、キーボードを叩き弾く表情がいつもと違って見えた。

の子さんがどうして幼なじみのmonoくんをリーダーに選んだのか。その理由がフツフツと沸き上がるような表情を撮りながら、破壊シーンを撮り終えた安堵感のせいか胸が詰まった。
よりによってmonoくんで。って思うけど、そう言えるようなキャラクターであるのがメンバーにとって何よりの癒しなのだろう。素直でストレートで誰かと誰かの間に居てくれる彼だからこそ、神聖かまってちゃんが10年間ずっと続けられているように思う。
それを裏付けるシーンを9年間で幾度となく見てきた。そうか、今初めて神聖かまってちゃんのMVを撮影しているんだな、となぜかその時初めて実感した。
たぶん、この日は9年前の下北沢屋根裏の時と同じような気持ちで撮影ができた。あぁ、誰かにこのバンドを知らせたいなって。

美しく切り取ろうとした千葉ニュータウンも、女の子も、神聖かまってちゃんも、「みんな死ね」という感情も、いつかはカンカンと枯れていく。
でも、その先にある可能性に胸をときめかさずにはいられない。
“今”を切り取ることでノスタルジーに留めず、この先のストーリーを続かせていきたい。神聖かまってちゃんに限らず、すべてのライブ映像は決して撮影することが目的ではない。その先にあるものがやりたくて撮影している。誰かが観ることで、瞬時に伝えることで、映っている人や景色の未来が少しでも変われば、その映像は映像の中だけで完結しなくなる。
現実を少しでも動かせるような映像を、映像作家としてこれからも残していきたい。

阿倍君へ、いつか暮れるすべてのものへ。

神聖かまってちゃん10周年、おめでとうございます。




0 件のコメント:

コメントを投稿