たけうちんぐ最新情報


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2012年11月15日木曜日

たけうちんぐ日記 11/11-15

11月15日(木) 「よく見えねー!」
普段は誤字脱字に気をつけてるのに仕事のメールだとどうして間違えるんだろう。
「いえいえ!どういたしまして!」が「いええい!どういたしまして!」とハイテンションになることがよくあるし、さっきは「もちろんです!」を「もろちんです!」と送ってしまって頬杖ついてる。
憂鬱になったので久々にyayoi様の動画を開く。この空気感。作り物では決して表現できない光景に、すべての作家は頬杖をつくべきだ。

11月14日(水) 「言葉が人を殺したよ」
「人に死ねと言うこと。名指しで死んで欲しいと書くこと。それを仕方ないと見過ごすこと。死ねと言われて、やめてくださいと叫んだ人を笑うこと。本当に、罪ではないのでしょうか?(ω)」
子役タレント・はるかぜちゃんの訴え。彼女のTwitterには日々攻撃的なリプライが飛んでいる。11才の女の子に「死ね」と言うのは何才の子なんだろう。と、Twitterを探ると驚いたことに20代、30代の子だったりする。子だ。子なのだ。子はいつから大人になるのか。大人という称号をはっきりともらうタイミングはない。酒や煙草は大人の勲章ではない。子どもという称号はいつから剥奪されるのだろうか。
インターネットの悪いところをはるかぜちゃんは一人猛烈に受けている。匿名性と触れ合う機会はパソコンを離れるとほぼ皆無に等しい。実際にこの子に触れた後、同じことはできないと思う。数年前、埼玉県の電車で、お母さんと横に並んだはるかぜちゃんと一緒に帰った記憶が蘇る。ハイチュウをあげるとモグモグ食べていた。ぼんやりとコカ・コーラの広告を見つめていた。素朴で礼儀正しく佇んでいた。こんな子に、人は「死ね」と言えるのか。こんな親子を誰が罵倒できるのだろう。
インターネットの最大の弱点は、人の顔が見えなくなることだ。
渋谷を歩いた。人の顔がよく見えた。

11月13日(火) 「あの娘が東京で撮ってる」

山戸結希監督の"処女の革命3本立て"を観に、ポレポレ東中野へ。
痺れた。 とにかくたくさん書き記したい。
内容は『あの娘が海辺で踊ってる』『Her Res~出会いをめぐる三分間の試問3本立て~』『さよならあの娘(上演)』の3本。劇場は超満員で補助席が出ていた。入れなかったお客さんもいたらしい。
山戸結希監督にとってダブルミーニング処女作『あの娘が海辺で踊ってる』は、依存関係にある女子高生2人のつながりを描くために、パピコ、カメラ、扇子と いったアイテムが効果的に出てくる。グラグラと揺れる映像が少女の不安感を煽り、焦燥感を掻き立て、そこにあっけなく引きずり込まれる。
ワンショット長回し撮影の海辺、チョコレート色に染まるマジックアワーの空と月と男女を捉えたシーンが印象的だった。すでにサンプルDVDで観ていたけど、暗闇で唯一光るスクリーンの中にふさわしいものが映っていた。観客と山戸作品との出会いをめぐるこの約50分間は難問でも試問でもなく、問題と答えが反射神経的に会話するかのごとくダイレクトに伝わるものだった。
監督、脚本だけでなく撮影も兼ねる山戸監督 は在籍する上智大学で映画研究会を立ち上げ、半年も経たないうちに熱海でロケをして本作を撮ったという。それも、処女のスタッフだけで。上映後に配られた山戸監督が編集したフリーペーパー『あの娘新聞』は読み応えがあり、とてつもない文量に圧倒された。そこには山戸監督による"処女の革命"声明文が記されており、その文章の句読点一つ一つが彼女の作る映像の編集のリズムみたい。切実で切迫した大切な文章に切られまくった。
その文章には山戸監督の映画同様、理路整然と気持ちを伝えていると思いきや時折エモーショナルに言葉が砕ける瞬間がある。そこにグラッと僕の感情も砕ける。そして傾く。この人の心と文章との距離は限りなく近い。そこに気持ちが傾き、新聞から手を離せなかった。
「このまま人間として死にたい。このまま誰とも溶け合えないかもしれないけど、映画を撮って死にたい。踊ることすらも叶わない体になったなら、そのまま海に還りたい。」 
生まれ持った女の性と覚悟。山戸結希はしたたかに映画と自分を見つめていた。
そして坂本悠花里助監督が現場を見つめた文章が、山戸監督を客観的に優しく捉えている。撮影に没頭する山戸監督の足に釘が刺さり、大量に流血したという。現場が騒然となる中、「大丈夫!」と言って海に入って撮影を続けたらしい。これだ。まさにこれだ。どうして山戸監督の不自然なズームやぐらんぐらん揺れるカメラワークに惹かれたのかというと、まさにこれだ。思わず膝を叩き、熱意と情熱で作られたこの映像が好きな原因を見つけた。
ただ、それしかない感じ。この人には。フォーカスが合っていない映像も、妙なカット割りも、もう、映画の枠を飛び越えた何かがあった。それこそ昨日、神聖かまってちゃんのライブでの子さんが言っていた"ノンフィクション"なのかも知れない。映画という嘘と映画作りという真実が折り重なったときに見える、情熱という言葉が映画館の暗闇の中で一人煌めいて「こんにちわ」していた。時間的に「こんばんわ」か。
かつて僕が在籍していた日本映画学校の恩師が、「映画には作った人の汗が映る」と何度も言っていたことを思い出した。『あの娘が海辺で踊ってる』はたくさん汗をかいて、血を流していた。意思を込めた山戸監督の見つめる先に、ものすごく興味を持った。
撮るという行為はいつでも没頭する。僕が彼女のように足に釘が刺さったら、撮影を続けるだろうか。それは対象との関係性もあるし、状況にもよる。だけど、僕は映画を観て新聞を読み、山戸さんがタケウチルドレンと名乗ってくれるのが何よりも誇らしく思う。こんな映画を作った人に言われたら、一番の褒め言葉じゃないか。
「人間として生まれた。人間であり続けたい。歌ったら負け、踊ったら負け、気持ち良くさせたら負けだ。抵抗したい抵抗したい抵抗したい。惹かれたら負けだ。引き換えに人間であることを捨てたら負けだ。動物になったら負けだ。」
『Her Res』のナレーションにもほど近い、自問自答にも似た言葉。僕には当然書けない。僕は女でも22才でも山戸結希でもない。山戸監督にしか出来ないことを、映像と演劇と文章で見せつけられた。
「神聖かまってちゃんの感じで!」と僕のライブ映像を意識して撮影されたという演奏シーンは、カメラ複数台だしカット割ってるし全然別物すぎた。でも、自分が熱意を持ってやってきたことが熱意を持ってるこの作品に少しでも反映されてるなら、本当に光栄に思った。
約2時間、嬉しくてドキドキした。
あの娘はかつて海辺で、田舎で、一人部屋で踊ってた。その後、あの娘は熱海で、東京で、茅ヶ崎で撮ってる。
上映後、床に落ちていた百円玉を山戸監督にプレゼントした。

11月12日(月) 「ノンフィクション作家」

神聖かまってちゃんのライブの撮影で渋谷屋根裏へ。
彼らにとって約2年前ぶり。メジャーデビューしてからは初。思い出の地・屋根裏での凱旋ライブとニューアルバム『楽しいね』の全曲試聴会。当然、チケットは即ソールドアウトだった。
久々にリハーサルからまじまじと神聖かまってちゃんの姿を観た。『死にたい季節』など当時演奏していた曲が鳴ると、じわじわと感が極まり、感が概ねってきた。誰がこんなことになると予想しただろう。テレビに雑誌、大型ロックフェスに出るバンドになるなんて、渋谷屋根裏は知っていただろうか。
リハーサルに関わらず全力で叫ぶの子さんの姿は相変わらず。本番前、久々にの子さんとゆっくり話した。お互い注目しているアーティストの話をする。そしてやはり、インターネットの可能性は無限大であること。イギリス・ロンドンのフリーマガジンの表紙が神聖かまってちゃんだったことを受けて、彼は更なる夢を展望していた。「一緒にフランス行きましょう」と、まさに『おっさんの夢』を語ってくれた。僕はいまだに疑問なのだ。世界でも類をみないインターネットなこのバンドがなぜ世界で話題になっていないのか。ニコニコ生放送という独特な文化、そしてYOUTUBEで成り上がってきた彼らの特色を、日本人の誰かが英語で解説して、前のめりで世に広めるべきではないだろうか。
ライブは3年前を想起させる『アラレちゃん音頭』が登場SEでスタート。『熱いハートがそうさせないよ』のポップさといったら。90年代に親しんだアニソンのように懐かしい。惹きつけるのは決して歌詞ではない。メロディだけで十分勝負できる才能があるバンドだということを、繰り出される新曲群で思い知らされていく。
今日、一番頷いたの子さんのMCは「あのね、ゲームの話は俺大っ嫌いなんだよ」だった。『劇場版神聖かまってちゃん』のメイキング映像で、メンバー3人がDSやってての子さんだけが何もせずにただ虚空を見つめていたオフショットがあって、うわあその気持ちものっそい分かるわあと思ってしまった。 みさこさんの「ようやく普通のバンドになってきた」に対し、の子さんが「バカ!それじゃいけない!普通のバンドになってはいけない!普通のバンドにならず に普通に近づけるそのバランス感覚ちゃんと保って神聖かまってちゃんをやっていくのである!」と侵略してきた宇宙人のような口調で言っていたけど、言おうとしていることはすごく伝わる。
「スピルバーグ映画3本分の感動があるだろ。向こうはフィクション。こっちはノンフィクション。俺はスピルバーグよりすげえってこと」
『劇場版神聖かまってちゃん』が映画化されるとき、映画撮影中のライブのMCでの子さんは「神聖かまってちゃんが映画化されるらしいが、そんなものは観なくていい。なぜなら俺自身が映画だからだ!」と叫んでいた。すんなり飲み込める発言だった。僕が彼らに出会ってから、今まで一番の興味の矛先だった映画に関心が薄れてしまった。なぜなら間近で観ていて撮っていて、彼らは映画よりも映画だったからだ。現実を突き動かしていくストーリーにフィクションは勝てない。これほど劇的なノンフィクションは無かった。あのとき、この発言を受けて隣で観ていた映画の主演女優の二階堂ふみさんは「ええっ!?」と戸惑っていた。
「これからもいこうぜ みんな。まだまだかまってちゃんやっていくよ、ずっとずっと」
今日、彼のこの言葉の説得力は凄まじかった。証拠となるライブは、やはり劇的で、繊細で、自信に溢れていた。
アンコールでは、ちばぎんがスケキヨマスクで登場。騒ぐ観客をさらに騒がしたのは、全裸のの子さん。「静粛に。静粛に。渋谷屋根裏でライブするにあたって、昔流血ライブとか色々あったけど、一番の思い出は『全裸ちりとり』なんですよ」と言い、劒さんがタオルで股間を隠すスタンバイを開始。彼らにとって数少ないラブソングといえる『ちりとり』は全裸で演奏され、最後は全裸のまま客席にダイブ。客席に埋もれ、姿なき叫び声が響く。「股間はやめてください!股間はやめてください!」に笑いが止まらなかった。全裸で感動を見事薄めてくれたけど、でもそれが神聖かまってちゃんらしくて、何周かして泣きそうになった。
帰り際、先にライブハウスをあとにするメンバー。の子さんだけが戻って来て、誰かを探している様子だった。フッと僕の顔を見て、「ありがとうございました。お疲れさまでした!」と律儀に挨拶する。わざわざそれを言うために戻ってきたようで、僕はこの人生で彼に出会えて本当に良かったと心から、本当に心から思った。この先、何があったとしても。

11月11日(日) 「少年は残酷な壁に貼る」
レオナルド・ディカプリオの誕生日。中学生の頃からなぜかずっと覚えてる。
ハリウッド映画しか観ていなかったあの頃、とにかくハリウッドとアメリカに憧れを抱いていた。部屋の壁にはディカプリオをはじめ、ブラッド・ピット、キアヌ・リーブス、ジム・キャリー、トム・クルーズ、エドワード・ノートンといったハリウッドの俳優の写真をプリントアウトしたものを貼っていた。少年心に毎日が俳優たちに囲まれている生活を誇らしく思っていたが、単身赴任から久々に帰って来た父が「道宏はホモか?」に母に相談していたことを知り、速攻すべて剥がした。
米子での大森靖子、うみのてのライブ映像をアップする。インターネットがあれば米子も東京も、アメリカもアフガニスタンもすべて同時刻で物事を起こせる。米子のライブハウスの人がYOUTUBEでうみのてを観てくれて、ライブを楽しみにしていたことを聞いて嬉しかった。引き続き、『新しい戦争を始めよう』で描いていたことを現実にしていこう。インターネットは今をすぐに見つけることができるし、昔をすぐに振り返ることができる。インターネットにもっと誠実さとか温もりとかを与えたらちゃんと、インターネットがおばあちゃんみたいに優しくなると思う。何言ってんだ。

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