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2012年4月15日日曜日

誰のせいでもなくてイカれちまった夜に


猫がジーーーッと見つめていた。

新大阪駅近くのマンション。僕は23才だった。深夜3時、喋り疲れたあの子は布団に入った。人の家では寝付けない神経質の持ち主の僕は、あの子がオーディオで再生した音楽をずっと聴いていた。
仕事休みの土曜日の夜だった。あの子は眠ってる。
"あの子"なのか"この子"なのか。
"あの"と"この"は距離を表す。わずか2メートルの距離なのに"あの子"と言い表す。そのくらいの距離がちょうどいい。近くはないのだ。それでよかった。
僕はあの子に2年半片想いしていた。
何度も告白してはフラれ続けた。
誰かと付き合ったことをきっかけに、諦めた。
それから約1年半後、僕はあの子の部屋のソファで横になっている。あの子の寝顔を見つめている。「一緒に寝る」という行為をしている。あの頃の僕だったら、どうなっていただろう。抑えきれない恋愛感情が爆発していたのか。ヤリたいと思ったのか。寝顔を見つめている。勃起もしなければ、ドキドキもしない。気分は深夜3時の街の静けさに似ていた。あの子が寝返りをうつ。ドキッとする。ただ、恋愛的な意味のそれではないドキッに、時の流れを感じた。ベッドの近くにいる飼い猫と目が合い、咄嗟に逸らす。何か悪いことをしているかのような気分になった。

あれほど好きだったのに、これほどまで感情は無くなるものか。
安心すると同時に、この事実に愕然とした。
時間というものはかくも残酷なものなのか。

フラれた帰り道の僕はメンヘラだった。誰も悪くないのに怒りも泣きも悲しみも同時に迫ってくる。電車に飛び込もうかと思った。消えてなくなりたいと思った。明日の予定と来週の友人との約束がそれをジャマした。恋愛はいつだって人を狂わせる。感情の高ぶりは瞬間的に人を変える。だけど、ほんとにそれは一瞬のこと。
あの2年半を思い出していた。

猫はそんな僕をただジーーーッと見つめていた。

流れていたのはフィッシュマンズの『ナイトクルージング』だった。

「アップ&ダウン」と繰り返す言葉は、アップもしなければダウンもしない僕の気持ちにそぐわない。だけど、静かな夜に溶けていた。数時間前までは騒がしかった駅周辺の景色の音が止み、車も電車も人も動物も水没したかのようだった。
「東京行って竹内が活躍すると思うとなんか嬉しいけど、寂しいわあ。でも、頑張ってな」
あの子が言った言葉も水に浸されていた。ぶくぶくと泡を立ててその存在を際立たせた。正確には東京ではない。神奈川だ。といったツッコミをする余裕もなく、その言葉がずっと頭の中で繰り返されていた。
僕は活躍できるのか。あの子は寂しくなるのか。僕は頑張るのか。
『ナイトクルージング』のギターは同じフレーズを繰り返し、次の夜、また次の夜を越えて、やがて約5年の歳月が流れた。

さいたまスーパーアリーナで『ナイトクルージング』は流れていた。

25,000もの人が収容される大きな会場のステージの真ん中には、僕のよく知っている人が泳いでいた。クロールなのかバタフライなのか、海に放り込めば致死確実の泳ぎ方。彼もきっと、地上の海で何度も溺れ、もがき、苦しみ、何度も生還を果たしたんだろう。

神聖かまってちゃんのの子さんがフィッシュマンズのライブにゲストボーカルで参加した。その姿を観るため、さいたまスーパーアリーナまで足を運んだ。

一流のミュージシャンに囲まれて歌う彼の姿は一分一秒が新鮮だった。
ピンクの蛍光色のギターが照明に頼らずずっと光っており、暗闇の中でいつも通りに動き、踊る彼の姿もまた光っていた。音と同化するかのように全身を使ってパフォーマンスし、彼から目が離せなかった。
これは3年前から、ずっと変わっていない。
10人いるかいないかの下北沢屋根裏の小さなライブハウスから、彼はまったく変わっていない。あのとき、まるで何千、何万人の前にいるかのような佇まいで目の前に現れた。その3年後、何千、何万人の前で自身の存在を猛烈にアピールし、観客を煽情しようとしていた。
彼は小さかった。遠くにいたのだ。客席から遠くなっていた。だけど、遠くで、近くで、すぐそばで叫んでいるような迫力だった。
たくさんの照明と人に囲まれたの子さんを見ていると、なぜだか視界がぼやけてきた。照明の光が無数の線となり、視界をジャマする。ヒョコヒョコと踊り、楽しそうに歌う姿が滲んできた。しまいには鼻水が出てきた。ズルズルと音を立て、ライブをジャマした。
泣いてしまった。
別に感動ポイントなんて無いのに、なんでや。
彼は2年前、渋谷屋根裏にいた。そのまた2年前はパソコンの前にいた。神聖かまってちゃんに『2年』という曲がある。
「2年後に いまの僕らを 笑い飛ばせるように」
の子さんは笑い飛ばしていた。
「俺が一番楽しんだぜ!ハハッ!」

フィッシュマンズの演奏は、『土曜日の夜』から『あの娘が眠ってる』へ。なんだか、新大阪近くのマンションと条件が一致していた。の子さんはギターをステージに叩きつけて破壊した。ズボンを脱いでトランクス姿になった。ステージから降りてスタッフに担ぎ出されていた。
そして『ナイトクルージング』へ。
色んなことを思い出した。
神聖かまってちゃんとのことも、関西にいた頃のことも。
そしてはっきりと気付いたことがあった。
あの子への感情ははっきりと消えていた。
だけど、の子という人への気持ちはずっと変わらないままだった。

友人に教えてもらい、YOUTUBEで彼の作ったPVを見た。それがすべての始まりだった。直接ライブに足を運び、「こんなに凄いものがどうして全然知られてないんだ」と単純に腹が立った。一人でも多くの人に伝えたくなった。その翌月からライブを撮影し始めた。いつの間にかの子さんにお願いされ、毎回のように撮影することになった。撮影した動画はの子さんに送り、編集してもらい、YOUTUBEにアップロードする。それが恒例になっていった。
これまでに80数本の動画をアップロードした。
それらはどれも僕の作品ではない。
彼らの作品を撮っただけだ。
とにかく、誰かに伝えるためにやっていた。伝えられなければ、何の価値もない。ネットの持つ即時性と、拡散力。それを信じていた。これはの子さんが始めた動画配信から学んだことだった。
やがて神聖かまってちゃんはNHKの音楽番組に出演し、そこから人気が一気に急上昇。一つのバンドが無名から有名になる軌跡に立ち会えた。
いまだに奇跡としか思えていない。彼らと出会ったことは、本当に奇跡だった。

フィッシュマンズのライブが終わる。
誰よりも存在を叩きつけていたの子さんは、誰よりも小柄だった。メンバーが横一列に並んで挨拶をするときにそれを痛感した。近くにいたお客さんが「ちっさ!」と悲鳴を上げた。

終演後に打ち上げ会場で会った彼もまた小柄だった。
だけど、そこにいる誰よりも大きいように思えた。

たくさんのマスコミ関係者、テレビ関係者、音楽関係者などの業界人の方々が挨拶をしていく中、彼は律儀に一人一人に誠実に挨拶していた。そこへ業界人でも何でもない僕がひょこっと顔を出すと、彼は急に満面の笑みになった。
「ああっ!ようやく知ってる人が!」
どれほどビッグになっても、僕への態度がまったく変わらない彼の姿がそこにあった。この日のライブのことを話し、感想を伝える。「けどまあ、ネットでは賛否両論でしょうけどね。でも、それこそが、それでいいと思ってますよ」と、冷静に捉えていた。
の子さんのテレビやライブでのパフォーマンスは、観る人によって感想は様々だろう。"めちゃくちゃやってる"といった印象があっても、すべて彼が考えて行動したものだ。何を思われようが、瞬間瞬間の勝負。怒られるとか干されるとか関係ない。今が一番大切。彼のやることは一貫している。そして、誰よりも自分の表現について冷静に考えている。
だからこそ、彼への気持ちは一切変わらない。
相変わらず、たまらなくかっこいいのだ。

「竹内さんのYOUTUBEがあったからここまで来れたんだから」
彼にはどうしてこんなことが言えるのだろう。すべて、あんたの才能じゃないか。努力じゃないか。以前、千葉ニュータウンの彼の家を訪ねたときも同じようなことを言っていた。そしてあのときと同じように言い返した。
「僕はもう、の子さんのおかげで今の自分があるんで…」
最近、映画を初めて監督し、劇場公開された。それも神聖かまってちゃんの撮影をやっていたことがキッカケになった。の子さんと出会ったことで認知してくれる人が増え、ライブ映像を撮影する人間として映画業界の人も知ってくれるようになった。
すべては神聖かまってちゃん、の子さんのおかげだと思っている。
「けど、俺はまだ竹内さんに全然恩返しができてない。なんかあったら、俺協力しますから言ってくださいね」
僕は彼のこういうところを伝えていきたい。
雑誌『GiGS』でも僕を機材として紹介しようとしたり、何度か配信でも丁寧に紹介してくれたりした。こないだのZepp Tokyoでのライブでも終演後、握手会の直前に無言で僕の腕を掴み、なぜか握手会の出演者スペースに引きずり込もうとした。
彼は誠実なアーティストだ。
嫌われようが、何を思われようが、彼はいつだって勝負を仕掛けていく。他バンドにケンカを売り、テレビでは批判を食らうような一風変わったパフォーマンスを繰り広げる。
でも、一本筋の通った男なのだ。
だから、ずっと目が離せないでいる。

この日、の子さんのことが大好きな5才のくるみちゃんもお母さんと一緒に観に来ていた。





開演前、くるみちゃんが描いた絵をいただいた。絵を描くことが大好きなくるみちゃんの絵は、の子さんの絵に影響を受けていた。カラフルに彩られた4人の人。神聖かまってちゃんなのか、誰なのか。分からないけど、大胆な色彩感覚と真似のできない迫力は「部屋に飾りたい」としか思えない。

フィッシュマンズのライブ後、楽屋での子さんは一人で配信を始めた。そのとき、くるみちゃんが楽屋に遊びに来ていた。
お母さんが撮った写真に、なんだか胸がいっぱいになった。なんなんだろう。分からない。子どものような大人と、子ども。でも大人って何だろう。いつから大人になるだろう。「大人になりました」という彼の歌詞を思い出す。
人生でこれから何度、大切な出会いをするんだろう。
僕だって、いつかは彼に恩返しをしたい。
一つの目標ができた。
できるのだろうか。
「東京行って竹内が活躍すると思うとなんか嬉しいけど、寂しいわあ。でも、頑張ってな」
あの子をちゃんと寂しくさせなければならない。





この気持ちをずっと忘れずにいたい。

これはあの日のような深夜、『ナイトクルージング』を聴きながら思ったこと。




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