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2011年12月31日土曜日

うみのて@新宿Motion

年の瀬の新宿の街はふやけていた。

街がいつもの狂気を一旦お休みしていた。シャッターに貼り紙をするように、ミカンでごまかすように。人通りはいつもより少ない。家でガキの使いや紅白を見ているのだろうか。今年最後の夜には色んな過ごし方を想像する。すれ違う人々の顔がニヤついており、その傍を誰にも名を知られることのない人が横たわっている。どちらも同じ世界に生きているとはとても思えない。

大きなカバンを持って歩く自分はどうなんだろう。気分が浮かれることも沈むこともなく、ライブハウスへ撮影に向かっている。撮影なんて一体何になるんだろう。お金が入るわけでもない。むしろ減る一方だ。最前を確保し、お客さんにとってはジャマだろう。撮影というものは基本的にジャマになる。何度もそれを痛感する。なのに撮る。「俺が撮る」という私利私欲にも見えるだろう。恥ずかしい行為にも思う。小さなライブハウスでムキになって画面に集中し、音に合わせてカメラを振り、ズームする。一時も気を抜く瞬間はない。腕も精神も疲弊する。バカみたいだ。アップロードに2時間費やす。動画を作成したいがために早々と家に帰り、一人で年越しを迎える。再生回数は3桁台。暗い部屋で編集する。誰とも喋らず黙々と。炊飯器がまた壊れた。「ジャー」とお別れの挨拶をしていた。隣の家では男女数人の楽しそうなカウントダウンの声。0時0分になる。「おめでとう!」と共に炊飯器は壊れた。一つもおめでたくない。一枚壁を隔てたコントラストが激しい。パソコンで「お前の頭かち割って」「めった刺しにしてやる」といった歌詞を入力する。自分は一体、何をやってるんだ。

バンドは何のために演奏しているんだろう。なかなかお金にもならないし、世界を変えることだって出来ない。気持ちいいからやり続けてるのか。楽しいから続けられるのか。表現したいのか。だけど、それを続けて一体何になるというんだ。このご時勢、音楽なんてやってる場合なのだろうか。放射能から逃げよう。電気を節約しよう。何を食べていいのかいけないのか。望んでもいない情報がツイッターで流れていく。人は衣食住ができればそれで満足しないのか。ステージと客席の超絶マイノリティな関係性。一部だけの盛り上がり。うんざりする内輪感。形のないものに寄りすがり、才能を食い物にしていく大人たちが目をギラつかせる。後ろのほうで腕を組んでいる。前のほうで拳を上げるのは日々が退屈で仕方のない人々。

時折、何もかもに急激に冷める瞬間がある。
自分のいる世界は、ものすごく狭くて寂しくて、つまらないのではないだろうか。ライブハウスに行く道すがら、葛藤することがある。早くここから抜け出したい。毎日が退屈の消化で繰り返される。
だけど、ライブ中はそれをすっかり忘れる。
うっわーーーーーあああああああすっげえええええええ!!!となる。なんじゃこりゃあああああ!!!!となる。
この世で一番かっこいいものを観てしまった気持ちになってしまう。
これは一体何なんだろう。追求する間もなく、次の音が鳴っていく。日々の退屈と静寂が打ち破かれるかのごとく、精神と時の部屋のごとく、ライブハウスが崇高なものにも感じる。
そうなると、音楽なんてやってる場合だ。衣食住だけでは満足しない。マイノリティにはしたくない。内輪感だけは苦手だ。才能を食い物にしていく大人たちと仲良くしたい。退屈を武器にして衝動に突き動かされる人々は、断然支持する。
とはいえ、葛藤が終わることはない。いつだって自分のやっていることに疑問を感じる。これでいいのか、ダメなのか。炊飯器だって壊れたままだ。
だけど、うみのての『東京駅』なんて聴いてしまうと、バンドも音楽も、それを伝えることも、とても意味のあることだと自信が漲る。すべての人がこの体験をするべきだと勘違いする。その勘は自分だけではなく、たくさんの人が判断していく。やがて巨大な力を持った人の勘に委ねられ、バンドの名は知られていくのだろう。
今、この音楽を知らない人たちが損しているとしか思えなくなる。
「お前らなんか不自由だ!!」
まるで自分たちだけが自由であるかのように勘違いする。だけど、間違いも正しくなり、嘘も本当になる瞬間が、音楽が鳴る空間にはあると思っている。それを撮影し、伝えることは、それほどバカなことではないと信じている。動画を再生する人は一部なのかも知れない。だけど、ライブハウスに来る人なんてごく僅かだ。インターネットの海に飛び込むと何千、何万、何十万の人の目に入る可能性はゼロではない。リアルとネットの境界線で時間を費やすことは、意味のあることだと思っている。

年の瀬、小さなライブハウスで、こじんまりとした空気感の中、一部にしか知られていないバンドが、とてつもなく大きな感情を揺るがす音楽を鳴らしていた。それは、とてもかっこよかった。

「年末だからって浮かれてんじゃねぇぞっ!」
『New war(in the new world)』のイントロが始まると、ボーカル・笹口が叫ぶ。無機質に上から下へとスクロールされていく現代を絶叫する。熱のこもったリズムの中、「新しい戦争を始めよう」とは、誰との戦争なのだろう。争うことで何を得るのだろう。相手が不確かであることの虚しさが歌われている。
そのまま『RAINBOW TOKYO』へ。「青から赤え」がまるで合図のように、終盤の盛り上がりはドラマチック。ギターのメロディがとにかく泣ける。『東京駅』では演奏が静かになる部分、笹口がスピーカー付近によじ登り、「年末だからって浮かれていいのは俺!と、あなたがただけです!」と宣言。そして「あと20秒くらいで年が明けますね。カウントダウンいきたいと思います。俺が2011年を終わらせてやるー!」と煽る。ちなみに時刻は18時30分。戸惑いつつも、世界のどこよりも早いカウントダウンに呼応する観客。「皆さんで、10、9、8、7…」そして「1、」と言った途端に高野のギターが空間を切り裂くように鳴り、キクイのドラムソロへ。一年の総決算とも言える。全体的に演奏が微妙にズレていたようにも感じたけど、それがライブ感であるかどうかが重要。たまに粗いほうが感情的に思う。演奏が終わる頃に「あけましておめでとうございまーす!」とさっそく新年の挨拶をする笹口。新宿Motionだけが笹口によって時空を歪ませられた。
もはや平和ではない』はイントロで高野のギターがうまく鳴らず、笹口が「がんばってー!高野くんを応援してあげて!プレッシャーに弱いです!」と煽って仕切りなおし。「そうですねー!」というコーラスがリキんでいて気持ちよかった。

「今年もう終わりですけど、高野くん今年どうでしたか?」
「今年、は頑張りました」
「何を頑張ったんですか」
「ずっと高野とバンド組むなんてとか言われてたけど、笹口くんが拾ってくれて嬉しかったです」
「この人はステージ上ではこういうことばっか言ってね、裏では美味しいとこだけ持っていくそういう人なんですよ!」
「愛してるよ笹口くん」
「俺も俺も!」
笹口と高野のステージ上での相思相愛。投げキッスをする二人。ツンデレの展開。ちなみに後にキクイがツイッターで「高野くんをうみのてに誘ったのは私」とつぶやいていた。笑いに包まれた雰囲気のまま、それにミスマッチな心中する男女の歌『スーサイダルシーサイド』へ。
そして最後はお決まりの『正常異常』。すべてをなぎ倒すかのごとくギターを振り回し、暴れまくる高野。彼が動くごとにフラッシュウニ(ギターに付けているオモチャ)はピカピカと光ってかわいいことになる。その後ろでマナがニコニコしながら鉄琴を叩く。冷静に周囲を見渡す早瀬。顔をくしゃくしゃにしてすべてを吐き出すかのように叫ぶ笹口。
うみのてのクライマックスはいつも炎上。終演後のステージには煙が残るような余韻がある。フラッシュウニの光が消え、単なるオモチャに寂しささえ感じさせてくれる。

メンバー全員分の写真を載せるスペースを作るため、前振りを長く書いてしまったけど、簡単に言えば、うみのてかっこいいよマジで!ということです。
終演後の高野くんの手にはところどころに血がついていた。血が似合う演奏だった。うんざりするほど何度も書いているが、この人の高音ギターには愛嬌がある。大胆な動きをするのに繊細な音色に感じる。この音は下から目線で世間を睨みつかせる歌詞とのバランス感覚の上で成り立っているように思う。上からマリコではなく、下から笹口。鋭い言葉が放たれる。尖ったドリルが地下から出てくる。グレンラガン。
来年もうみのて、爆発するに違いない。
撮影後、急いで家に帰ってアップロードしました。パソコンをパチパチパチパチ、正常異常イジョージョージョージョーしながら。

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