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2011年5月20日金曜日

前野健太とDAVID BOWIEたち@渋谷WWW

前野健太のライブに行くのも撮影するのも、昨年9月の武蔵野公会堂でのワンマン以来。

あの日、どこか自分の中で前野健太・第何章かが終わった気が勝手にしていた。それだけ素晴らしいライブであり、僕自身の関わり方も朝からスタッフで参加し、なぜか公演の垂れ幕を書くことになったり、充実していた。だからなのか、しばらくライブに行く気が起きなかった。
半年以上久しく観る、前野健太のライブ。渋谷WWWで観たのはやっぱりどこまでもマエケンであり、熱くて、ふざけていて、お茶目なライブだった。
久しぶりに会う前野さんも、いつもの前野さんだった。楽屋で新しく買ったシェーバーでヒゲを剃っていたが、血が出てしまっていた。「暑いからうまく剃れないのかな」と困っていた。

1曲目の『せなか』は真っ暗闇のステージにバンドメンバーが1人ずつ登場し、次第に演奏に参加していく演出。吉田悠樹の二胡の音色がいつも懐かしい気持ちにさせ、歌われていることが自分の記憶のようにもなる瞬間がある。
『石』では三輪二郎の高音ギターがキンキン鳴り、『女と』ではメンバー全員で合唱のように「女との友情は分からない」と歌う。「次の曲は、『牛』」と言った後、真っ暗なステージで何も演奏されることなく約1分後、「終わり」と言って終了する曲が斬新だった。客席からは「わかんねえよ!」といった野次に笑いが起きる。
そんな訳のわからないことをやりながらも、『友達じゃがまんできない』でははっきりとさせるようなこともやる。「私の!楽しい思い出は!全部燃やすから!」は、2009年1月に曲を1曲も知らないまま初めて観た前野健太のライブで胸ぐら掴まれた部分。彼に女の情念を歌わせたら、右に出る者はいないと思う。
『タワー浴場』では、なぜかDAVID BOWIEたちメンバー全員が横一列に並び、お歌のお兄さんばりのキュートな踊りでお互いの背中を洗うような動きをし、会場を沸かす。第1部の最後は『love』でロマンチックに締める。

第2部は弾き語りのソロからスタート。なぜか衣装チェンジしており、何曲か終わった後に「これ、わかりましたか?…官房長官の」と、枝野官房長官が会見で着ているものとそっくりの服であることを明かす。AKB48の『ヘビーローテーション』のカバーを挟みながら、新曲を披露。「特別なことは何も起こらなくていい」という歌詞が優しかった。
「父親の遺産を使って初めてピンサロ行った」という歌詞から始まる『あんな夏』を、約1年ぶりに聴いた。前野健太はエロもダサさも含めながら、哀しいことも切なさも、生も死もちゃんと歌っている。夏をいち早く感じた。扇風機もクーラーも窓も虫も、すべてが季語になる。
POP鈴木をドラムに迎え、昨日できたばかりという新曲『東京、2011』を披露。憧れの街・東京の情景が歌われていた。「君と出会った 君と別れたこの街が 僕はやっぱり好きだと思った」と叫んでおり、『東京の空』の続編を思わせる。間違いなく、この日のハイライトだった。

「街なんてどこだっていいのに いいはずなのに この街はキラキラ輝いて さみしがりやの僕にピッタリだったんだ」

ゾクゾクした。地方から出てきて、東京の街を行き交う人の中に紛れ込んでいるからこそ、何も感じずにはいられない。どうしてここにいるんだろう。なんでこの場所を選んだのか。そんな自問自答が、時計の針のように時間を刻み込むバスドラムのリズムで『あたらしい朝』に続き、バンド演奏に再開する瞬間には鳥肌が立った。
そして『ファック・ミー』では喉を潰すかのような絶叫。頭を激しく振り、天然パーマの髪の毛から汗が飛び散る。まるで蜂の巣を突いて飛び出す蜂のように、パファーと飛び散る。本編最後は『旅』。アルバムの1曲目で終わるなんて、クールすぎじゃないですか。

アンコールでは8ビートの『青い部屋』から、三輪二郎からボーカルをとる『鴨川』。そして吉田悠樹のチャゲアスの『Say Yes』の二胡だけカバー。そんなバラエティに富んだラインナップが終わった後、「やっぱMCしよっかな」と前野健太が医者に喉が危険な状態と言われ、音楽を続けていくことに不安を感じたことを語り始める。

「歌を歌えなくなるのかなって思ったときに、俺、別のことやっても役に立たなさそうだし、俳優…?でも俳優も無理だし、セリフも覚えられないし、かなりお先真っ暗になったんですよ。ほんとに。でも今日歌えてるし、まだ出来ると思う…今日誰を観に来たんですか?」

妙な真面目になってしまったのを「しまった」と思ったのか、唐突に分かりきったようなことを尋ねる前野健太。「何喋ってるのかわからない」と三輪二郎がつっこみ、場の雰囲気が和らぐ。そして最後は『天気予報』の演奏。「三輪二郎、いこうか」と前野健太の呼びかけ、三輪二郎のギターソロ。続いて吉田悠樹の二胡ソロの連続技が繰り出され、このまま永遠に続いてほしいアウトロが繰り返されていた。
演奏後は、横一列に並び、手をつないで全員でお辞儀して終了。美しいラストだった。

「ファック・ミー 私を壊して」とはいえ、逆に前野健太にファックされた気分になった。悪い気はしなかった。むしろ快感だった。後ろから、されてしまった。
弾き語りで披露された新曲はどれも印象的で、音源化が楽しみになった。前野健太は確実に未来に向かっていた。僕は『あたらしい朝』で歌われているようにバックからファックされた。「バック・トゥ・ザ・フィーチャー」とはよく言ったものだ。ファックは汚い行為であるときもあれば、未来の生命のための正しい行為。どちらでもあるからこそ、この歌は絶妙なバランス感覚で成り立っているのだ。

「百年後か 千年後か 一万年後かの 僕のこどものこどもの そのこどものこどもの こどものこどものこどものこどものこどものこどもは あたらしい朝日を見れるのかな」

明日どうなるか分からないこのご時勢。当然のことをドラマチックに思うヒマもなく、当然のことをありがたく思ってしまう。
この歌詞がもし希望と捉えられると悲しいことだ。だけど、それが現実なのかも知れない。

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