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2011年2月27日日曜日

映画『悪魔を見た』

キム・ジウン監督の韓国映画『悪魔を見た』を映画館で。
強烈であり、壮絶な描写。人間の汚い部分を徹底的に見せようとするので、あまりの残酷さに、劇場内で軽い悲鳴が上がりました。おばちゃんの。

R-18指定だけあって、残酷描写が半端ない。想像の斜め上を行っていた。自身の欲望のために、何の罪もない女性の身体を生きたまま包丁で切断する殺人鬼。ちゃんと死んだ後に死体を解体してくれる園子温監督の『冷たい熱帯魚』の村田が優しく思えるくらい、『悪魔を見た』のギョンチョルは間違いなく正真正銘の悪魔だ。

婚約相手を惨殺された男・スヒョンがその殺人鬼・ギョンチョルを徹底的に復讐するというストーリー。
スヒョンはGPSでギョンチョルの現在位置を追跡し、捕まえてはボコボコにして野放しにし、また捕まえてはボコボコにする。デジタル追跡とアナログ暴力の連続技。そしてまた野放しする前に、
「弱いフリをするな。これからもっと残酷になる」
更にギョンチョルを追い込み、脅迫するスヒョン。愛する人がバラバラに切断されて殺された男の憎しみは次第にエスカレートしていき、もう1人の悪魔を生んでいく。狂っていく。誰にも止められない。誰が優しい言葉をかけても、スヒョンという新たな殺人鬼が育っていく。
「ジュヨン、君が受けた苦しみを、何倍にもしてあいつに返してやる」
しかし、この新たな殺人鬼の目はいつも涙で溢れていた。
対するギョンチョルはまさに「悪」の象徴のような男だ。やられた分、やり返す。「俺を甘く見るなよ」と挑発し、野放しされた行き先でも人を殺め、女を犯そうとする。そんな新しい感覚のロードムービーの最中、悪魔と悪魔との救いようのないデスマッチが開始される。
復讐というものがいかに虚しいかを教えるかのごとく、終盤は悪夢のような展開に。そして完全に悪魔になってしまったスヒョンのリミッターが外れ、とんでもない出来事が起きてしまう。

イ・ビョンホンとチェ・ミンシクという韓国なら誰もが知っている俳優を起用しながら、『悪魔のいけにえ』さながらの狂気が描かれている。殺害シーンはまさにそれ。清楚でかわいい女性が本当に残酷な殺され方をするので、観ていると怒りが込み上げてくる。
やたらとスヒョンの身体能力がズバ抜けており、肉弾戦では余裕でギョンチョルに勝つのが痛快に感じてしまう。観ていると「もっとやれ!」「殺せ!」と感情的になってしまうことで、客席にも僕という新たな悪魔が生まれていることに気付いた。
しかもスヒョンが殴りかかるタイミングには必ずギョンチョルの性行為がある。これは一種のホラー映画のテンプレートに近い。DQNな若者が調子乗っているときにこそ、殺しのにおいが漂うのです。おっさんだけど。

復讐劇は韓国でも、たとえばパク・チャヌク監督によってしつこいくらいに作られてきた。『復讐者に憐れみを』『オールドボーイ』『親切なクムジャさん』の三部作の中でも、結果として復讐の後に残るものが虚しさであることは嫌というほど訴え続けられた。それでもまだこのような映画が作られる理由はどこにあるのか。そして「観客に想像させるな、とにかくすべて映せ」と言わんばかりの徹底的なリアリズム。長澤まさみ似の女優が脱いでいるし、血や肉片が映る。勃起した股間をハンマーで何度も殴りつけて潰したり、顔面の一部を切り裂くシーンだってある。
一体、そこまで見せることに何の意味があるのか。
それは映画の最後の最後、イ・ビョンホンの表情が物語っているのだろうか。彼の後ろで起こる出来事が過去に作られてきた復讐映画の先を描いているように思えた。
「お前は負けた」「俺は勝った」
殺人鬼は勝ち負けについて口に出す。この時点で諦めるしかない。考え方が何もかもが違うからこそ、それぞれの考える「罪」も違う。自分の罪に何の反省しない奴を殺そうとしても、それは天に唾を吐き、天を殴り続け、天を眺めて涙を流すこと。
結果、憎悪というものはやっぱり虚しいだけだと思うのです。

劇場の客席には、イ・ビョンホン目当てと見られるマダムの姿がたくさんあった。
冒頭でチェ・ミンシクが突然凶器を振りかざすシーンでは、スクリーンで殺される女性の声と共に「キャー」というマダムの悲鳴が聞こえた。そしてその死に悲しむイ・ビョンホンの気持ちと一体化したかのような「ズズッ」というマダムの鼻水をすする音が。マダムリアクションがひとつのSEとなり、劇場内を盛り上げていた。
マダムに声も鼻水も出させるチェ・ミンシクの恐ろしさは、ただごとではない。とにかく恐い。本物の殺人鬼にしか見えない。『クライング・フィスト』では肋骨が折れたまま撮影を続行したそうで、役に没頭する異常者レベルの役者魂は、ハングル語が理解できない僕にでもガンガン伝わってくる。撮影後、本物の殺人鬼にならないかだけが心配です。

そして、イ・ビョンホン。僕はこの俳優が大好きだ。出演作はDVDが出ているものはすべて観ている。
韓流ブームが生んだ「キラースマイル」というレッテルを剥がしてもはやキラーの顔をしていた。以前もパク・チャヌク監督の『美しい夜、残酷な朝』の中の短編『CUT』では従来のイメージを覆すように、子どもの首を絞めたり、尻文字を描くということをやっている。まるで『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズの主演を終えた後に『シン・シティ』で人肉を食う殺人鬼を演じたイライジャ・ウッドのような、置かれているポジションに安住しないかっこよさがある。

終盤、怒りのあまりリミッターが外れて完全なる怪物となったスヒョンの取った行動。恐ろしい音楽が流れる中、車道をひたすら映すという演出。実相寺昭雄監督の映画を彷彿とさせる顔のクローズアップの連続。そこには緊迫感しか存在しない。涙と汗と血が大きく映る。血の鉄のようなにおいまでもが漂ってきそうな肉迫の映像、生々しい描写に、この世の不条理を描くことへの監督の鬼気すら感じる。

宗教から政治、貧富、徴兵、整形から南北の問題など、韓国映画が漂わせる作家性には時折心配になる。そのうち、誰か陰で殺されちゃったりしないのかな。そのくらい、身近な問題に踏み込んでいると思う。ある意味ネタの宝庫だ。だからこそ、僕の中では相変わらず今世界で最も映画が熱い国。これは3年くらい前から変わりません。

スヒョンには感情があり、法には感情がない。日本でも宅間守が起こした事件のように、死刑でも足りない重罪に為す術のない人がいて、平和な日常が突如として悪魔に壊されてしまうことは、人を選ばないと思う。
冒頭に殺される女性が、ギョンチョルを見つめる目。あれこそが、悪魔を見た目。見てはいけないものを徹底的に描こうとする映画のパワーに、最もガツンとやられたわけです。
「殺せ!!」「死ね!!」という感情を抱いてしまうスヒョン1人だけを悪魔にしては、なんともやりきれないのです。愛する人が殺された人のために、この映画自体も、観た僕自身も、悪魔でいなければならないのかも知れない。 
悪魔を観た、ということです。

イ・ビョンホンとチェ・ミンシクの壮絶な演技を観る目的さえない限りは、誰にもオススメしない映画です。と言わせるくらい、エグい映画だ。
だって、ウンコが映るんですよ。

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