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2010年9月11日土曜日

前野健太@武蔵野公会堂

親子の夏休み自由研究の写真に見えなくもないですが、これは垂れ幕を書いている様子。タイトルは『前野健太 デビュー三周年記念公演〜ありがとう吉祥寺さようなら〜』。父親に見えるのはディスクユニオン金野さんの姿です。

会場の350席はソールドアウト。公会堂前に「チケット譲ってください」と紙を掲げる人が出るほどの人気っぷり。ヤフオクでもチケットが高値で売られるくらい。
武蔵野公会堂といえば、松江哲明監督の映画『ライブテープ』で『青い部屋』が歌われるシーンに映りこむ。この直前には『Sad Song』。今日のお客さんには「そこでSad Song!」と松江監督が前野健太を演出するシーンを真似たい人も少なくはないはず。

今回のイベントのポスターには、たけうちんぐが描いた前野健太イラストも使って頂いている。ありがたいです。写真とイラストがごちゃ混ぜになり、アナログ感溢れるいいポスター。この日は映像の撮影を頼まれ、開場時間よりも相当早めに現地に到着。そこで垂れ幕を書いていました。


ライブハウスとは違い、厳粛な雰囲気漂う武蔵野公会堂。ついに本番が始まる。まずは『前野健太とDAVID BOWIEたち』の出番。

前野健太の姿はなく、吉田悠樹の二胡、あだち麗三郎のサックスだけが『100年後』を鳴らす。後からそこに大久保日向のベース、POP鈴木のドラムが優しく被さる。このように、メガネ率の高いDAVID BOWIEたちの演奏が1人のサングラスの男を迎えるのだ。
その男、前野健太の登場。
白いシャツでばっしりとキメ、お決まりのサングラスと天然爆裂パーマヘアーの彼が公会堂のステージ中央に立ち、アコースティックギターを優しく奏でる。
そして始まった『青い部屋』は映画のワンシーンを飛び出し、あのとき映り込んだ公会堂に飛び入ることができたようだ。映画を観ているだけでは入れなかった公会堂。まるでドラクエで入れないはずの建物の中に入れてしまった不思議な感覚に陥り、これは夢か現実なのかと『青い部屋』の歌詞のように、自分の頬を突っつき「ぷぅに」と囁きたくもなる。

そのまま『こころに脂肪がついちゃった』に入り、街をおもちゃにさせ、ぼけていく。
「二胡、吉田DAVIE BOWIE」
前野健太はなぜか吉田悠樹だけメンバー紹介し、そして演奏される『LOVE』は吉田悠樹のもとに続く一本道かと錯覚してしまう。だけど、やっぱり自分の中の「君」を何度も探せる曲なので安心する。
「ダフ屋の方…」
MCで前野健太がダフ屋さんを探す。
「デビュー三周年って、デビューっていっても…自分で最初(CDを)作っただけですからね」
前野健太特有のライブの熱さとMCのクールとのバランス感覚。冷静と情熱のあいだ。
「僕が風呂なしアパート住んでて体中がダニに蝕まれ、実家帰った頃、吉田くんと一緒に作った曲です。だから吉田くんが作ったようなもんです」
やっぱり吉田悠樹のもとに続く一本道を誰かの自転車が今日も行くようだ。二胡を弾き始める吉田悠樹ですが、最初を弾き間違えてしまう。
「もう1回いいですか」
前野健太のLOVEに動揺してしまったに違いない。

そして演奏される『ロマンスカー』。エレキギターの弦を掻きむしる音、それと共に鳴くようにPOP鈴木のドラムと吉田悠樹の二胡が印象的。最後は前野健太のギターだけが残り、余韻が広がる。
『友達じゃがまんできない』。初めて前野健太のライブを観たときに最も痺れた楽曲。歌詞の通り、黒い塊がギターで色を塗るように、一人の男が広い公会堂を自分色に埋め尽くしていた。直訳すると、前野健太がギターを弾いている。それだけのことなのに。最後の盛り上がりは吉田悠樹の二胡が穏やかにキレイなメロディを奏で、その反対側であだち麗三郎のサックスが感情的な音を鳴らす。
「わたしの!楽しい思い出は!全部燃やすかーら!!あなたの恋人に、なりたーーいよーーー!!!」
前野健太のシャウトは、曲と現実の境界線をぶち壊す力を持っている。確立された曲の世界の入り口を更にこじ開けているのは、前野健太の叫ぶように歌う感情的なボーカルだろう。そこにかつて僕や私や俺や自分が抱いたことのある感情を蘇らせ、武蔵野公会堂に座る誰もが同じ感想を抱くはずなのだ。

「インターネットばっかやんな、って曲です」
次に歌われるのは『こいつは強い』。吉田悠樹が二胡からエレキギターに持ち替え、単音メロディを丁寧に弾き連ねる。
「なんか手拍子とか…」
前野健太の提案で、お客さんが手拍子を始めて前野さんが激しく照れ笑い。
「次の曲はみんなで楽器を持ち替えてやっていいですか?」
スタッフの上倉君が数枚の画用紙を持ってステージに登場し、楽器が書かれた画用紙を前野健太とDAVID BOWIEたちがそれぞれ引き、「せーの!」で一斉に開く。「うわあぁ…」というメンバーの小さな悲鳴の後、結果が通知される。

【前野健太とDAVIE BOWIEたち】
歌・吉田悠樹
ギター・あだち麗三郎
ベース・POP鈴木
ドラムス・大久保日向
ピアニカ・前野健太

まさかのバンド編成で『メッセージ』が始まる。
「みんな一緒に歌って頂くと…」という吉田悠樹の逃げるような発言を、前野健太が「いや、いい!吉田くんの歌を聞きたいから」と撤回させる。メンバー楽器総入れ替えのステージに客席から笑いが起き、吉田悠樹の「Mなのかー」という素朴な歌声に癒されていく。ピアニカを弾く前野健太の姿も貴重。

物販のCDが売り切れたそうで、「CD800枚ほど作ってきたんですけど」と会場を笑わせる。
前半最後の曲は『石』
先ほどの余韻が残っている中、笑顔で始まる演奏。
当然、メンバー編成は元に戻っており、前野健太ソロで聴くときよりもテンポが早く、哀愁というものを通り過ぎる景色のように電車の窓から眺める感覚。
「僕は畳の海を泳いでいた 世界がごろりと転がっていた」
この表現は見事としか思えない。感情が揺らいでしまう。


約10分間の休憩を挟んだ後、後半がスタート。
前野健太が1人でステージに登場し、アコースティックギターとマイクだけで曲の世界を作る。『雨のふる街』が静かに鳴らされる。『さみしいだけ』が歌われる。『ヒマだから』が響く。そして新曲の『サマータイムフルーツ』が夏の終わりを告げる。
「暑い暑い夏は去っていき、夜には風が戻ってきた 愛は疲れ、猫は年を取り、子どもは眠り、虫が鳴いている」
夏に向かって手を振り、バイバイするかのようだった。

「MCを今日は考えてきたんですけど、喋ることが…無いですね。やっぱり歌を作るってことは何考えてるかとか言ってるようなものなので…何かリクエストがあれば…」

前野健太、お決まりのリクエストタイムが始まる。「三月のブルース!」と客席からのリクエストが。だけど「…何か他にありますか?」と、お決まりの展開。「だれかの!」と、また客席からリクエストが。「…さわりだけでいいですか?」と、なぜか『だれかの』が最初だけ披露される。
『三月のブルース』はさわりだけでなくフルで歌われ、そのまま『マン・ション』へ。
会場の照明スタッフに「月っぽい感じで」とライティングをリクエストし、ステージは月のような黄色いライトに照らされる。そんなロマンチックな光景の中で、まさかの「チンポみたいな大きなマンション」という歌詞。このアンバランス感がたまらない。

再びリクエストタイムは続くが、「いいですか?用意した曲で」と結局、あらゆる要望は前野健太自身よって却下。『タワー浴場』が歌われ、サビの「タワー、タワー、タワータワー浴場〜」の部分だけ観客と一緒に歌うというスタイルを取っていた。

「なんだか恥ずかしいんですけど…夢?尾崎豊とか映像見ててかっこいいじゃないですか。夢とか愛とか…僕はそういうものに励まされるんですよね。夢は…渋公。」

武蔵野公会堂の次は渋谷公会堂でのライブを目指すという宣言。しかしその後、譜面台を誤って倒し、笑いが。ああ、夢が倒れた…というあまりかっこつかなかった展開に。
「そんな僕を壊してください」
ちょうど曲の繋ぎに良い展開となり、『ファック・ミー』へ。
エレキギターが静かに奏でられるこの曲は、次第にサックスの音が現れ、ベースとドラムが始まり、二胡が鳴る。DAVID BOWIEたちがステージに再び戻ってきた。
そしてそのまま『豆腐』へ。お客さんはイスから立ち上がり、客席総立ちで手拍子。
「では、前野健太とDAVID BOWIEたちでした。次は渋公で」
大盛り上がりのまま『熱海』へ。
歌詞の通り、「当たり前に奇跡的な光景」になった。

「えっと、歌える人いたら一緒に。というか勝手に歌ってください」

ぼそっと呟かれ、『東京の空』へ。

この会場の外にある映画『ライブテープ』へと導くように、この日が青い空であったことが当たり前に奇跡的のように、ここが東京であることが偶然であるかのように、しかしどこの空の下でも聴きたい曲であることが、感情を震わせていく。
向かいのライトでシルエットと化す前野健太というミュージシャンの姿が美しく、
「東京の空の下は男と女」
2度繰り返すこの歌詞に意味を感じ、「今日は久しぶりに晴れそうなんです」「ただ君を想ってる」といった前野健太の2度繰り返される歌詞に意味を感じ、会場の中にいる僕や私や俺や自分たちが一斉にそれぞれの「君」を探し始めてしまいそうだった。

「携帯ばっかいじってる…」
歌い出した前野健太がいきなり止め、「ではありがとうございましたさようなら」と、流れるようにまるで無感情に言い放つ姿に会場に笑いが。

「ディランがブーイング食らって"I don't believe you"って言うじゃないですか。あれをちょっと今日真似して言おうかと思いましたが、ブーイングこないんで…(苦笑)"I believe you"ですね。」

そして先ほど「携帯ばっかいじってる」の途中で止めた『天気予報』がちゃんと始まる。ちゃんと携帯ばかりではなくポコチンもいじり、物語も始まる。肉まんを買って一緒に食べたくなり、『ライブテープ』の井の頭公園はすぐそこにある。位置的にも、精神的にも。
だけど「生きていかなきゃね。」の答えはすぐに見つからない。それでもDAVID BOWIEたちのそれぞれのソロ演奏があれば、もう、どうでもよくなるのだ。
大久保日向のベースの弦が切れる。その現象に、客席から感嘆を含めた笑い声が。


鳴り止まないアンコールの拍手。再びステージに戻ってくる前野健太とDAVID BOWIEたち。

『鴨川』の演奏が始まる。
「最後はやっぱり新しい曲で…大久保くんのぶんのベースは僕が弾くから」
前野健太が友情の言葉を添えると、あだち麗三郎が「はは!」と大笑い。
「いや、今の本気で言ったんだよ…」
DAVID BOWIEたちを一人一人メンバー紹介をし、最後の曲は『あたらしい朝』
「後ろから、して」というエロい歌詞から始まるこの曲。おじいちゃん、おとうさん、じぶん、こども。そんな生命のバックから未来までが歌われ、実は誠実な人生についての歌詞があることが分かる。「バック」はダブルミーニングなのだ。「一緒にいたいよ、ずっと一緒にいたいだけ」と言う君と、「君としたいよ、酔ったらしたいだけ」と言う僕。東京の空の下の男と女の会話なのだろう。すべての空の下の男女のようにも思えてくる。君の恋は愛だけど、僕の恋はあーあ、あーあ…男はみんなバカであることも歌われている。

DAVID BOWIEたちがステージを去り、前野健太だけが再びステージに。

腕時計を取り外し、会場限定パンフレットに記載されてあるシリアル番号の18番の人に差し上げる、と。
またもリクエストタイムが。
「誰か、スパッと(やる曲を)当てたら…付き合おうか」
残念ながら男からばかりリクエスト。これはお約束。そして『18の夏』が観客の手拍子と共に。
「失楽園でヌいてた〜」
最後の曲は『100年後』
100年後から始まり、100年後で終わるステージとなった。


鳴り止まない拍手。会場を出ようとするお客さん、がしかし!
ここで突然の場内アナウンス。

「それでは、前野健太、断髪式を行います!前野健太さんの入場です!パンフレットの最後のページにポストカードが入っておりますが、更にもう一枚写真が入っている方が当たりとなっております。その5名の方、ステージにいらしてください!」

まさかの断髪式がスタート。
前野健太のもはやトレードマークにも思える天然アフロヘアーが、森林伐採のように物悲しい光景に染まっていく。このイベントのサブタイトル【ありがとう吉祥寺さようなら】の「吉祥寺」を「髪の毛」に置き換えてもなんら違和感はない。
ディスクユニオン金野さんの案内のもと、5人のお客さんがステージに上がる。『ライブテープ』の松江哲明監督による挨拶が始まる。
「挨拶って何…?マジで切るの前野さん…?」
引き気味の松江監督に対し、「いや、ライブで言っちゃったんですよ前に」と理髪店で見かけるシートを被りながら答える前野健太。
「誰も望んでいないのに…」
そしてステージに上がった5人のお客さんが、前野健太の髪の毛に次々とハサミを入れていきます。
「ちゃっと!次っ!ちゃっと!」
急かすように促され、「えっ!そんなに切るの!ちょっとちょっと!」と慌てたりもする。「ちゃっと!」が「ちょっと!」に変わっていた。
5人のハサミが終わり、もう1名のお客さんがステージに。
「えっ、まだいるの!?」
動揺する前野健太でしたが、
「あっ、時計を…」
先ほどのMCで言われた、腕時計をもらえるシリアル番号18番の方がステージに上がったのでした。


まさかの断髪式で『前野健太 デビュー三周年記念公演』は終了する。

ロビーでは1人1人にサインを書いていく前野健太。その横には『ライブテープ』であらゆる地方や海外を回った前野健太の姿をスタッフの渡辺ひろえさんが撮った写真の展示が。
300人以上のお客さんが帰っていく。前野健太宛てに届けられた花は通りすがりのおばちゃんが持って帰っていく。公会堂から人が去っていきます。垂れ幕を外す。

この日の武蔵野公会堂からの帰り道、たくさんの人が電車の中で前野健太の曲を頭の中でリピートしたに違いない。電車から眺める風景の中、会話の中、心の中に、あらゆる歌詞が駆け巡っただろう。

豆腐のような毎日の中、こころに脂肪をつけさせないでロマンスカーに乗り、2才の僕ではなく18才の僕が夏に失楽園でヌくために、サマータイムの雨のふる街、ヒマだからポコチンばっかいじりつつ「ファック・ミー、後ろからして、」とお願いし、100年後には君のほっぺたに「ぷぅに」と囁きたい。
鴨川で。熱海で。いや、タワー浴場で。
それでもただ君を想ってる。東京の空の下で。友達じゃがまんできないもん。
「あなたのことを軽蔑しています」
そんなのいやよ。

たくさんの楽曲が一つの物語になる。
音楽は日常で鳴り続けることで、その意味をなすのではないだろうか。あのときの感情や気持ちを、音楽で蘇らせる。

前野健太はそれをやっていた。

ロマンスカーは走り続ける。

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