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2009年2月1日日曜日

【連載】しょこたんまいしてる 第4話~しょこたんのお母さんに会う~

すべては今日のために

急に怖くなった。
もし、僕がインターネットをやっていなかったら、どうなっていたのだろうか?恐らく『しょこたん☆ぶろぐ』を見ることもなかった。
もし、僕がしょこたんのコンサートに行っていなかったら、どうなっていたのだろうか?恐らくコンサートレポを書くこともなかった。
そして、もし、しょこたんとしょこたんのお母さんの桂子さんが僕のミクシィの日記を読んでいなかったら、どうなっていたのだろうか?
以上のことが、もはや想像できない。想像できなかったことが起きているのに、本来の自分の姿が想像できないでいる。インターネットもせず、コンサートも行っていなく、しょこたんが日記を読まなければ、恐らく、この日は徹夜することもなかっただろう。いつも通り、あっさりと寝て、朝7時半に起き、濃いヒゲを剃るのに時間がかかり、遅刻しそうになって家を飛び出し、電車で約1時間かけてバイト先に向かっていただろう。そして昼休みまで何も喋らずに倉庫で重たい荷物を運び、昼休みになると1人で携帯をいじりながら休憩をし、帰り道は遠い目をして電車に揺られていたはずである。そして帰宅後はパソコンを開き、『しょこたん☆ぶろぐ』を見ていたはずである。
そんな予定を今日はすべてキャンセルしよう。今日はバイトを休もう。と思い、徹夜をして必死に文章を考えた。バイトを休んで何をしている?自分でも自分を疑うが、この日ばかりはパーティーだ。『しょこたん☆ぶろぐ』掲載記念パーティーだ。
「桂子がすっかりミクシィ竹内さんのファンです。検索してみつけた日記に感動。このかたがかく文章はグッとくるし爆笑もしちゃいます。絵画展みにいってくれたんだー。まりがとうございます。竹内さんにあいたいよーほんとにと桂子がいっております」
しょこたんが愛猫を抱いた写真と共にブログに載せられた文章。これは夢か?妄想か?そのどちらかとしか思えないことが現実に起きている。そんな現実の翌朝にバイトとは考えられない。たくさんの数の知らない人が僕の日記を読む。その人たちは僕の日記を「グッとくるし爆笑もしちゃう」ものだと思っているからこそ、これから僕はグッとくるし爆笑もしちゃうような文章を書かなければならない。その気合いと興奮で、夜、すんなりと眠れるはずがない。
かつて将来への不安によって神経質に陥り、不眠症に悩まされた僕であるが、今、別の理由で不眠となった。ただ、この喜びを瞬時に伝える相手は誰ひとりいないし、自分の喜びが抑えきれない。以前、ストレスによって耳が聴こえなくなったときに「もう僕、やばいかもしれない」と思ったことも、今日のためにあったのだと思うと、ストレスに感謝したい。聴こえなくなった耳に感謝したい。そして、しょこたんに感謝したい。


生きるためにしょこたんのCDを買う

「竹内さんにあいたいよーほんとにと桂子がいっております」という文章を見てから、毎日ソワソワするようになった。普通、逆だろう。今まで「あいたいよー」と思っていたのはこちらのほうである。僕はしょこたんが好き、しょこたんはお母さんが好き、お母さんは僕の日記が好き。このような清々しい三角関係が築かれたことは間違いない。それも桂子さんがファンだという日記を書く僕は、どこにでもいる派遣アルバイターである。家賃4万円である。彼女いないのである。孤独である。だからこそ、しょこたんのブログを毎日見て寂しさを紛らわしていたのである。
とはいえ、バイトをしないと死んでしまう。お金がなければ食べることができないし、もうすぐ発売されるしょこたんの新曲のCDと、6月に行ったコンサートのDVDを買うことができない。この2つの買い物のおかげで食費を削った。合計で約8千円。すべて換算するのもケチくさいが、生きることとしょこたんに触れることは同価値にまで達している。
興奮して眠ることができず徹夜をしてしまったが、バイトには向かった。睡眠不足のおかげか、大いなるミスをした。2時間くらい働いたことが水の泡になるミスだった。怒られることはなかったが、気まずい空気が流れ、消えてなくなりたいと思った。しかし働く。CDだけは絶対に買わなければならない。
なぜなら今回、CDを買うと、川崎で行なわれるしょこたんの握手会に参加できる。
握手会というものはどういうものなのか。初めてである。握手をする。触れる。接する。たしかに今までブログで2回僕の存在に触れてくれたしょこたんであるが、会うのである。生きる意味、生きる希望でもあるしょこたんに会うためにCDを買う。こんなこと、初めてだ。


「もっと年配の方だと思ってました」

今年の9月のある日、母から電話がかかってきた。「あんたの誕生日あたりに東京のお父さんの家に行くから」と。もうすぐ僕の誕生日。25にもなる男が、2つ年下のアイドルにこれほどまで熱をあげている。こんな僕を母はどう思うのだろう。しかし、関係ない。母には分からないかもしれないが、これが紛れもなく僕の姿なのである。ダサいとも、みじめだとも言われようが、しょこたん、まいしてる。
まいしてるからこそ、もう1度しょこたんの作品展を丸の内まで観に行く。著名なアーティストたちが牛をデザインする『カウパレード』というアートイベントにしょこたんが参加したことで、しょこたんがデザインした牛が作品展に新たに展示されたということを耳にし、アルバイトを終えた夜、約1時間かけて丸の内に向かった。
しょこたんがデザインした牛には宇宙の模様が描かれていた。その周りにたくさんの人が群がり、写メを撮っていた。この人たちもしょこたんのファンなのだろう。『しょこたん☆ぶろぐ』を毎日見ている人なのだろう。ということは、僕のことも知っているのではないか。ただのアルバイターであるのにそんな自惚れさえも覚えてしまいながら、作品展を見回ろうとした。
すると、見覚えのある姿があった。
桂子さんの姿だった。
しょこたんのお母さんである、桂子さん。僕の日記のファンである、桂子さん。
周囲に桂子さんのお友達と見られる方々がいる。桂子さんはしょこたんファンらしき女性と話している。どうしよう。インターネット上では存在が知られているのに、当然、向こうは僕が竹内であることなんて知らない。突然のオフ会である。作品展に来ていて、偶然ここで会えるとは。もはや夢であり奇跡であることが続きすぎて現実感を完全に失ってしまった僕は、緊張を通り越して平静を保ちながら、ファンの人と喋り終えた桂子さんに向かった。
「あ、すいません、竹内です。あの、ブログに載せていただいた…」
オフ会というものに参加したことはないが、恐らくオフ会というものはこういう挨拶から始まるだろうと思われる言い回しで向かった。すると桂子さんは驚いた表情をして、
「あーっ!あなたが…!随分お若いんですね。落ち着いた文章をお書きになるので、もっと年配の方だと思っていました」
今、しょこたんのお母さんと会話している。信じられない。桂子さんはその偶然の驚きを通り越して、僕の文章に対するある種の評論。「落ち着いた文章をお書きになる」という竹内は、落ち着いていられない。
「もう作品展ご覧になられました?」
桂子さんが言い、なぜかそのまま桂子さんご一行と作品展を見回ることになる。しょこたんの作品展を、しょこたんのお母さんと見回る。ファンと保護者。これほどまでに事件性のある組み合わせがあっていいのだろうか。僕は舞い上がる気持ちを抑えるのに必死だった。しかし、テレビ番組『あらびき団』で有名になった「セーラー服おじさん」で知られる安穂野香さんがなぜか桂子さんと一緒に作品展に来ていたので、安さんと一緒に作品を語り合いながら見回るという形になり、もはやどうすればいいのか分からない。
作品展にはしょこたんが描いた安さんの肖像画もあり、安さんは、しょこたん、そしてしょこたんファンにとっては人気者。しかも桂子さんがいる。このダブルブッキングに手足が震えながら、この2人、そして桂子さんのお友達の方々と共に写真を撮らせて頂いた。しょこたんがブログやテレビ番組などで得意とする『マミタスポーズ』という、手を猫の顔の形にするポーズを他の皆さんがやっているというのに、僕だけがピースサインをしていた。緊張からか、空気を読めずにいた。適応能力のない自分を恨んだ。


感謝以外にことばがない

桂子さんが、しょこたんが描いた映画『ホーリー・マウンテン』の絵の前で僕に話しかけてくれた。この映画のことを僕は自分の日記に書いた。桂子さんもそれを覚えていたのだろうか、解説をしてくれた。
「『ホーリー・マウンテン』は勝彦(しょこたんの亡くなったお父さん)が大好きで、翔子に幼い頃無理やり観させていたんですよ。そしたら翔子がこの映画のことを好きになって。当時ビデオを探しまわったんですよ」
やはり、この映画はしょこたんの家族にとって大切な映画だったのだろう。とてつもなく不気味な映画ではあるが、しょこたんにとっても、桂子さんにとっても、お父さんとの思い出を語る上では外せない映画だったに違いない。だからこそ、この絵の前で立ち止まり、僕に話しかけてくれたのだろう。「探し回ったのはまだビデオの時代ですよね」と僕は聞き、「そうですねー」と桂子さん。お父さんが生きていた頃の話。この絵は映画のおどろおどろしい世界を描いていたが、やはり家族の肖像画のように見えた。桂子さんの話を聞いているとき、僕は、なぜかその肖像画に僕が横から無理やり入り込んだ気になってしまった。おこがましいことであるが、この映画が僕としょこたんと桂子さんをインターネット上で繋げたと言っても過言ではないと思うからこそ、そんな妄想を繰り広げてしまったのだ。
僕は映画の専門学校を学費の都合で半年で辞め、そこからの工面の日々の中、「中学時代に映画に没頭しなければこんなことにならずに済んだのではないか」とさえ思い始め、映画を恨んだ時期もあった。しかし、映画を観ていなければ『ホーリー・マウンテン』には決して出会うこともなかった。そしてこの絵の前で桂子さんが語ることもなかったのではないだろうか。そう思うと、過去の自分の映画に対する貪欲さに感謝したい。すべてが感謝の対象になり始めていた。映画の学校を辞めたことで毎日寂しい気持ちになり、『しょこたん☆ぶろぐ』を読むようになり、今、この作品展でとても幸せな状況にいる。辞めたことにも感謝したくなる。
牛の前でも、もう1枚皆さんと写真を撮った。僕は心の中で、本当の意味でのピースサインをした。写真に写るからではなく、『マミタスポーズ』に逆らう意味でもなく、ピースをした。これが僕にとっての感情表現。桂子さんに会えた喜びと、しょこたんに対する感謝の気持ちを表した。
しょこたんはスターであり、アイドルである。芸能界にいる。芸能界という場所を知らない僕にとっては、週刊誌でよく見かけるような裏の顔を想像してしまうことがある。しかし、しょこたんにはそれがないと言い切りたい。お母さんが友達を連れて娘の作品展を観に来ている。どれほど有名なアイドルであっても、どこの家庭とも何ら変わりのない風景。そしてブログに書かれてある通り、お母さんと仲が良く、『ホーリー・マウンテン』の絵を描くくらいにマニアック。信頼できる。本物である。こんなしがない派遣アルバイターの存在を、十億アクセスを突破した自身の人気ブログに掲載する。そして僕は、普通に生活しているだけでは知り合うはずのなかった人たちとネット上で知り合った。感謝してもしきれない。しょこたん親子の信頼関係が伝染し、僕の日々の憂鬱にまで光を差し込んだのである。
しょこたん、まりがとう。
「これからも日記読みたいので、たくさん書いてください」と桂子さんに言われた。自分でも書くことが楽しみになった。
そして次の瞬間、以前の僕が最も恐れていた質問が飛び込んできた。
「普段何をされている方なのですか?」と。
しょこたんのコンサートに同伴した初対面の女の子にも、このような質問を恐れていた。しかし僕は、しょこたんのコンサートを観てから考え方が変わった。いいじゃないか。派遣アルバイターでも。フリーターでも。世間で言う「社会問題」であっても。これが僕の生き方であり、偽りきれない僕の姿だ。
僕は「フリーターです」と答えた。
すると桂子さんは、「そうなんですねー。ぜひ、文章を書く仕事をしてほしいです」と言った。まさか、そこまで言われるとは思わなかった。そこまで僕の文章が好きなのかと驚いた。僕は、映画の道に進めたい一心で上京した。しかし、今、この瞬間から、上京した理由を変えよう。


上京してきた母の写真を撮る

しょこたんのお母さんに文章を褒められた。この事実だけが、僕の日々を爽やかなものにした。
桂子さんに会ったことをどのように書こうか。桂子さんも、しょこたんも、僕のその日記を見るだろう。そう思うと、熟考した文章を書きたくなる。長い時間をかけて、文章を完成させたい。そんな気持ちになったとき、ふと、あることを思いついた。
僕の母を日記に出そう、と。
しょこたんは桂子さんをブログに頻繁に登場させ、写真を載せている。それなら僕も、しょこたんを尊敬している身であれば、出そうではないか。そしてそのことが、尊敬と感謝の気持ちを表す材料となればいいじゃないか。と思った僕は、東京の父の家に行き、兵庫県から来た母と会った。
母は今年で54。親孝行したくてもお金がないから限界がある。もっと稼ぎがよく、映画の夢さえ追わなければ、僕も自分と同年代の人たちのように「これで旅行でも行ってきなよ」という風にお金を渡せたのかも知れない。申し訳ない。会うたびに体調のことを聞かれる。耳が聴こえなくなったことや、精神的に不安定だったことも内緒にしている。ただでさえ親孝行をしていないのだから、これ以上心配させたくない。
しょこたんと桂子さんの関係を知っている僕としては、あの親子を見習い、僕の目の前にいる母とも信頼関係を保ちたい。そう思いながらも僕は、「母さん、あんな、ちょっとこう…人さし指と中指を親指にひっつけて…そう、猫の顔みたいな形にして。うん、両手。そうそう。そのままそのまま」と演出し、母の写メを撮った。これを日記にアップして、「ピースサインをした僕の代わりに母に『マミタスポーズ』をしてもらいました」といった文章を書いた。
これが、僕と母との関係。
約7年間2人暮しをした仲良し親子を描いた日記なのである。しょこたんと桂子さんへの、尊敬と感謝を表した。
そして、やがて握手会の日が近づいてきた。
僕がしょこたんと会う日である。


第5話へ

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