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2009年1月1日木曜日

【連載】しょこたんまいしてる 第3話~目を疑った。夢かと思った~

『何回も読んでいます。感動して泣いてます』

しょこたんのお母さんを泣かせ、しょこたんを痺れさせた?
女の人を泣かせたのは初めてだ。痺れさせたのも初めてだ。突然の初体験が、毎日見ている『しょこたん☆ぶろぐ』の中で繰り広げられた。僕の名前が書かれていた。目を疑った。やっぱり書いてる。夢かと思った。やっぱり現実。朝はそれを繰り返し、僕のミクシィの日記には引っ切りなしにコメントが書き込まれる。受信箱には『はじめまして』という件名のメールが絶えない。

「しょこたんぶろぐを見て検索して来ました。感動しました!」「しょこたん本人に賞賛されるなんてすごい!」「感動が蘇ってきて、涙が止まらなくなりました」「何回も読んでいます。毎回感動して泣いてしまいます」「ミクシィに感謝。しょこたんに感謝。竹内さんに感謝」「号泣です。感動です。胸いっぱいです。竹内さん、しょこたん、まりがとう」

このように、しょこたんファンの方々から数々のコメントとメールが届く。喜ばせている。泣かせている。感謝させている。僕がしょこたんのコンサートで感じたものが、なぜか僕が感じさせていることになっていた。本来ならば僕がしょこたんに痺れさせられ、泣かされたというのに、この逆転の状況は一体何なのだろうか。そもそも、竹内という名としょこたんの名が連なって、「まりがとう」と言われるなんて誰が想像したことだろうか。
しかし、まだ現実感がない。
それも仕方がない。
なぜなら、僕の現実世界としょこたんの世界とがあまりにも違いすぎているからである。将来への不安で夜も寝付けず、帰ってきたら家にただ1人。バイトでは電話口で怒鳴られ、休憩中はただ1人。そんな1人に対して、しょこたんを始め、たくさんの人たちが僕の部屋のパソコンに降り注いできた感覚なのである。
しかもこれからバイトに行く。いつも通りの日々が続いていくことに気分が盛り下がっている一方、インターネットの世界はとてつもない盛り上がりを見せていた。それも『しょこたん☆ぶろぐ』に書かれた『今桂子が泣いてる。ネットで皆様の感想を読みあらためて感激してるの。みくしの竹内さんという方の感想文章が素晴らしいため泣いてる。翔子も痺れてる。』の1文だけで、僕の生活にたくさんの人たちが介入してきた気になった。今の僕は1人ではない。たとえ休憩中に1人でサイゼリアに行き、1人でハンバーグステーキを食べていても、1人ではない。
しょこたんに、日記が読まれた。痺れさせた。しょこたんのお母さんの桂子さんが泣いた。
それだけで、何があっても孤独ではない。究極の心強さを身に付けた。
心強くなった僕の目から見える景色は輝いていた。なぜか街を歩く人々がみんなしょこたんのファンに見えてきた。『しょこたん☆ぶろぐ』は十億ものアクセスを突破し、今や国民的ブログ。だからこそ、「この人もあの人も僕の日記を読んでくれているのかも知れない」といった希望がいつもの憂鬱な景色を輝かせた。
いつも通りテレアポのバイトで見知らぬ人に突然電話し、商品の買い付けを迫る。「そんな怪しいもん買えるかアホンダラ」と関西の年配の方に言われる。いつもなら心が折れそうになる。けれど今は違う。この人にも「でも僕はしょこたん☆ぶろぐに載ったんですよ」と自慢したい。「僕の背後にはしょこたんのファンの方々がいるんですよ」と脅迫したい。「しょこたんが僕の文章を褒めてくれたんですよ」と言って意味深に電話を切りたい。とにかく僕は胸いっぱいで、誰に何と言われようがすべてのダメージを幸せがカバーしている。


すべてにおいて前例がない

帰宅後、再びミクシィを開く。コメントの数は100個を突破している。
コメントを書いてくれた方のページを次々と見ていく。10代の女の子から、40代の男性まで。「通院中の病院の中から読んでいます」「通学中の電車の中で涙を隠すのに必死です」「仕事中にこっそり読ませていただきました」と、あらゆる人があらゆる状況で、生活の中で、僕の日記に集合していた。
コンサートでは、誰1人として知り合うこともなかったのに。ただ、しょこたんの姿を見て、それに感動し、書き綴っただけなのに。これほど恵まれてもいいのだろうか。そもそも、普通、人気絶頂のアイドルが自身のブログに、いちファンの日記について書くだろうか。そして書いたことにより、ファンの方々がこれほどまでにその日記に賛同するものなのだろうか。
すべてにおいて前例がない。だからこそ、僕は前例のない喜びを噛み締めた。
『しょこたん☆ぶろぐ』は僕の生活の一部分だ。そして今、多くのしょこたんファンの方々が、僕の日記を生活の一部分の中に入れてくれている。僕の日記にお母さんが「泣いてる」、しょこたんが「痺れた」。まるで僕は、日記と日記でしょこたんと繋がっている気になった。会話している気になった。インターネットを介して、普段の生活では絶対に知り合うこともないはずの方々と交信している。
そうだ。インターネットというものは本来、このようなツールであったはずである。嫌がらせや脅迫、集団自殺や殺害予告などに使われるだけのものではない。僕のような事例はそれを証明しているはずである。インターネットの素晴らしさを物語っている。『しょこたん☆ぶろぐ』でしょこたんを知り、コンサートに行った僕のミクシィの日記を、しょこたんが読んだ。そしてそれをブログに書き、ファンの方々が読みに来た。以上は、すべてインターネットの世界での話。それなのに、ここまで現実世界に影響している。
毎日は憂鬱の連続なのかもしれない。朝7時の電車の中と、深夜0時の電車の中を見れば分かる。そんな日々の中、共通の趣味を持ち、同じような気持ちでいられる人を見つけるのも難しい。だからこそ、僕は『しょこたん☆ぶろぐ』でしょこたんに共鳴し、色んな人たちと今、ネット上で知り合うことに喜びを感じている。
僕は後日、日記の中で、桂子さんとしょこたんに対して「まりがとうございました」と返した。読んでくれているかは分からないが、ただ、本当に、お礼を言いたかった。
映画学校を辞め、派遣アルバイターとなり、将来への希望が消えかかっていた日々。それを紡いでくれる『しょこたん☆ぶろぐ』。日々を繋ぎとめてくれたブログ。更に心強くさせてくれた、僕の日記に対する反応。そしてファンの方々の声。
こんなことが本当にあっていいのだろうか。派遣アルバイターが、家賃4万円が、和式便所が、クーラーも洗濯機もない24歳の男が、人気絶頂のアイドルとそのお母さんを感動させるだなんて。人ごとでも大変なことなのに、驚いたことに、これは自分ごとだ。


個展で描かれた『ホーリー・マウンテン』

後日、『しょこたん☆ぶろぐ』でしょこたんが『ホーリー・マウンテン』という映画を久々に観たといった記述をしていた。これについては、「僕の日記を読んで久々に観たくなったのではないか」と思い、舞い上がった。思い上がった。
というのも僕は、コンサートについて書いた日記で『ホーリー・マウンテン』という古い映画を紹介した。いつの日かのブログにしょこたんが「『ホーリー・マウンテン』が大好きだ」と書いていたのを読んで、「この人は他のアイドルとは違う」と思った。とてつもなく不気味なカルト映画なのであるからこそ、そんな映画が好きなしょこたんを特別に思い、しょこたんを好きになるきっかけになった映画である。
それにしても、なぜこのような映画をしょこたんは知ったのだろうか。その答えは、しょこたんが8月に丸の内ビルで開いた『中川翔子作品展・続く世界』にあった。
8月になった。テレアポのバイトは期間満了となり、倉庫で働くことになった。軽作業と聞いたが、実際のところは力仕事。重たい冬物の衣類を箱に詰めたり、ハンガーをかけたり、階段を上り降りしたりと、毎日が全身筋肉痛。か弱くて細い僕の身体への負担は大きく、体力をつけなければならないため、食べ物もカップ麺から弁当へと昇進した。
そんな中、しょこたんが初の個展を開く。もともと漫画家になるのが夢だったしょこたんは、家にひきこもりながら絵を描いていた時期がある。僕も小学生の頃、漫画家になろうと思って絵を描いていた。クラスのみんなが休み時間になるとグラウンドに飛び出す。そんなときもひとりで教室に残り、絵を描いていた。そんな僕はしょこたんに共通点を見い出していたので、しょこたんの描く世界が気になり、初日に観に行った。
作品展には、パソコンで描いた絵、油絵、アクリル絵の具を使って描いた絵など、様々な絵が展示されていた。吉永小百合や渥美清、ブルース・リーからチョウ・ユンファなどの人物画もあれば、風景画もある。
そんな作品群の中に、映画『ホーリー・マウンテン』の絵があった。
なぜか僕はドキッとした。実際のところどうかは分からないが、僕の日記があれほどまでしょこたんとお母さんに反応されたのも、この映画についての記述が含まれていたからではないかと少しばかり思っていたからこそ、この映画のイラストが作品展に展示されていることに何か不思議な縁を感じてしまった。
しょこたんが絵の下に説明文を書いていた。
どうやらこの映画は、しょこたんが9才の頃に亡くなったお父さんが教えてくれた映画だったらしい。
だから、僕の日記に何か特別なものを感じてくれたのかも知れない。『ホーリー・マウンテン』は、不気味で気持ち悪いカルト映画でありながら、ひとつの家族を繋いだ映画だったのかも知れない。しょこたんも、お母さんも、ひょっとして何かを思い出しながら読んでくれたのかも知れない。お父さんがいた頃を思い出したのかも知れない。しょこたんが胃腸虚弱で学校に行くとき車椅子で登校し、お母さんが女手ひとつでしょこたんを育て、やがてアイドルになったしょこたんが初めてのコンサートツアーを成功させた。ここまでのドラマのスタート地点に思い出の『ホーリー・マウンテン』があり、僕の日記がゴール地点となった。
もしそうであれば、どれほど光栄なことなのだろうか。
芸能人であっても、遠い存在のように思えても、その正体は、どこにでもいる母と子。ただ1人の娘のことを想うお母さんの気持ちが、僕の日記を有名にさせ、僕の生活をも輝かせたのだろう。気持ち悪いはずの『ホーリー・マウンテン』の絵が、僕には家族の思い出の肖像画に見えた。


僕が良いと感じたものが褒められる喜び

作品展を一周した僕は、せっかく来たのでもう一周見回った。すると、恐らくしょこたんのファンではなさそうなカップルが、丸ビルにデートに来たついでにだろうか、作品展を見ていた。男性の方が「へー。すごい。うまーい。すごいなあ…。いや俺、この人単なる変な人だと思ってて大丈夫なのかなってよく思ってたんだけど見直したわ。こんなにすごい人なんだなあ。」と言っていた。僕は、まるで自分が言われているかのように嬉しかった。
元々はコンサートの日記も、実はしょこたんに興味のない人に向けて書いたつもりだった。僕は自分が得た興奮を温存したまま人に伝えることが大切だと思い、他人の「無関心」にぶつけるつもりで書いた。だからこそ僕が「いい」と思ったものが褒められると、僕も嬉しい。こんな僕は一体何なのだろうかとも自分で思うが、しょこたんのことが好きで良かったと思った瞬間だった。
また、作品展には、南海キャンディーズのしずちゃんがプライベートで観に来ていた。『しょこたん☆ぶろぐ』でも常にしょこたんがしずちゃんと仲良さそうにしていたが、初日に観に来ているというところに、しょこたんがこれほどまで友達に愛されている人なんだなと感動した。僕はそんなしょこたんのことが大好きだ。これについて、一生悔やむことはない。一生この気持ちを大切にしたい。これほどまで才能があり、ファンに対して感謝の気持ちを忘れず、周りの人たちに「応援したい」と思わせる人はいるのだろうか。まず第一に、僕が「応援したい」と思っている。応援できるほどの余裕はないのに、応援したい。
きっと僕の日記にコメントを残してくれた人の大半が、僕と同じ気持ちだと思う。これはファンにしか分からないことなのだろうか。いや、僕はファンだけのものにしたくはない。僕に課せられたことは、「素晴らしいものを素晴らしいと伝える」ことしかないと思った。
だから、また、作品展のことについて書き綴った。夕暮れの海を描いた油絵の描写に驚き、夜の田舎の風景に懐かしさを見い出した。しょこたんの感性が大好きだ。このような気持ちを込めて、ミクシィに日記を書いた。


竹内さんにあいたいよー

その翌日も力仕事。倉庫に辿り着くまでバスで約40分。倉庫から駅に帰り着くまで渋滞で約1時間。その間に眺める景色は、疲労困憊の人々の姿。身体さえあれば誰にでもできる仕事。考えることも知識も必要ない。時間だけが過ぎていき、体力だけが消耗していく。そんな中、常に僕の意識の片隅にしょこたんがいる。『しょこたん☆ぶろぐ』を存在させる。こんな僕でもあの『しょこたん☆ぶろぐ』に載ったんだぞ。誰に言うわけでもないが、そう心に思うだけで、なんだか救われた気分になる。自信になる。希望になる。生きている意味にも繋がっていく。
「明日も同じような日」という毎日。僕は日記を書き続ける。しょこたんと同じだ。しょこたんがブログに日々を綴るように、僕も日々を綴る。そして深夜、『しょこたん☆ぶろぐ』を開いている。こんな夜遅くにも、桂子さんとしょこたんが心霊体験をし、一緒に手を繋ぎながら突然開いた玄関のドアを閉めに行く様子が実況中継されている。大丈夫だろうか、眠れるだろうか。と、しょこたんを心配する反面、「よし、これから深夜たくさんブログ更新するだろうな」という期待も若干ある。だからこそ僕は更新ボタンを押し、しょこたんのブログをチェックする。
すると、驚いた。「驚いた」という言葉以上の衝撃を伝える言葉があったら、それを使わせていただきたいが、このときの僕にそのような言葉は思いつかない。
『しょこたん☆ぶろぐ』には、このようなことが書かれていた。

『桂子がすっかりミクシィ竹内さんのファンです。検索してみつけた日記に感動。このかたがかく文章はグッとくるし爆笑もしちゃいます。絵画展みにいってくれたんだー。まりがとうございます。
竹内さんにあいたいよーほんとにと桂子がいっております』

僕は思わず目を疑った。
2度目の掲載。
しかも今回は、リアルタイム。ミクシィの足あとを確認する。見知らぬ名前の方々が、1分単位で、次々と僕の日記を見ている。
「桂子さんが、会いたい?しょこたんのお母さんが、僕に会いたい?しょこたんが、グッとくるし爆笑もしちゃっている?竹内って、僕のこと?」
思わず独り言を呟きながら、部屋の中をぐるぐる回った、深夜2時。笑顔が止まらなくなってしまった。


『しょこたん☆ぶろぐ』 2008-09-01 02:16:56 「ルピン」
http://ameblo.jp/nakagawa-shoko/entry-10300271214.html


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