たけうちんぐ最新情報


■ はじめまして、たけうちんぐと申します。文章を書いたりイラストを描いたりライブを撮影したり霊能者パフォーマンスをやってます 【たけうちんぐプロフィール】
■ WEBフリーペーパー・メランコフにて『たけうちんぐライブレポッポ』を不定期更新中/YOUTUBE・たけうちゃんねるにて撮影した250本以上のライブ動画を公開中です
■ 笹口騒音ハーモニカ×竹内道宏監督作品『新しい戦争を始めよう』がMOOSIC LAB2012にて劇場公開しております 【特報(6本立て)】
■ 神聖かまってちゃんについてのライブレポート(59本)撮影したライブ動画(81本)2008年~2012年事件史(約3万字)をそれぞれのページにまとめてあります
■ 笹口騒音ハーモニカのPVを作りました。カタカタカタカタ敵味方!【NEW WAR(IN THE NEW WORLD)】

2008年12月5日金曜日

映画『ウォーリー』

ピクサー製作、アンドリー・スタントン監督の映画『ウォーリー』を観た。

人間は、いつか絶対に死ぬ。いくら金を持っていたって名声があっても、死んだらすべてが終了する。誰だって100年後にはこの世にいないだろうし、今ここに書いている文章の存在も確実に消滅する。
この映画は、そんな事実を温かく包み込むような映画のように思えた。
人間の存在が消えた後でも残るものが映っていた。
それは、映画や音楽だった。

29世紀の地球は滅亡していた。
地球は人類の住めない環境になってしまい、人類は快適な宇宙船に乗って、宇宙へ逃げた。そんな滅んだ文明の中を歩き回り、延々とゴミをスクラップし続けるロボットがいた。「ウォーリー」というゴミ処理用のロボットである。700年間、彼は地球にひとりぼっちだった。
彼は倉庫を住まいとし、その中で1969年に製作された映画『ハロー、ドーリー!』のVHSを見て、映画の中で人間の男女が手をつないでいる姿に憧れていた。そしてある日突然、宇宙から舞い降りてきたロケットからウォーリーの目の前にロボット「イヴ」が現れた。
彼は恋をした。
あの映画の男女のように彼女と手をつなぎたいと思った。

そして始まるウォーリーの一途な恋物語。
恋をしたことがある人なら誰もがウォーリーに自己投影し、ロボットであるウォーリーと人間である自分とを比較すると思う。そして人間にはいかに自由な意思があり、行動に制限されるものがないかがよく分かると思う。ウォーリーも、イヴも、ある作業をするために製造されたもの。
だから機能や任務には逆らえず、それが性のようにも描かれており、ただでさえもどかしい恋が、より一層もどかしいことになっている。

どうやらこの映画は、1931年に製作されたチャールズ・チャップリンの『街の灯』のリメイクらしい。
『街の灯』はもう何度観たことだろう。一途な恋物語であり、まぬけで不器用な主人公であり、まるでサイレント映画のようにジェスチャーで伝える『ウォーリー』は、『街の灯』との共通点が多い。

この映画は、ウォーリーが『ハロー、ドーリー!』という映画に出会わなければ物語にならなかった。誰かと手をつなぎたいとも思わなかっただろう。そしてルイ・アームストロングなどといった古い歌手の曲がウォーリーによって再生され、誰もいない地球に響き渡る。この世界観が、この映画の最もな個性だと思う。人類が遺した素晴らしい芸術が誰もいない地球で生き続けているという世界。この孤独が、地球を滅ぼした人類へのせめてもの賛辞に思えた。

すでに気候が狂い始めた地球はいずれ滅びると思うし、地球にとって人類は絶滅すべき存在だとも思う。
でも、この映画は人間に絶望していない。
1931年の『街の灯』から2800年の『ウォーリー』まで、なにひとつ変化のないことを描いていた。それは、人間の想像力で作り出されたもの、映画や音楽など、それらがいかに重要であるかということ。
そして、恋をすると、まるでロボットになったように、その機能と任務には逆らえないかのように、どう曲がっても捻っても止まることができないということ。

1931年、浮浪者チャーリーは花を売る女性に恋をした。その女性は盲目だった。
2800年、ゴミ処理用ロボット・ウォーリーは女ロボットに恋をした。その女ロボットにはある重要な任務が課せられていた。
チャーリーもウォーリーも、好きな人のために危険を冒してまで一途に突っ走っていた。逮捕されたり、宇宙に飛んだり、殺されそうになったり、壊されそうになったり。『ウォーリー』という映画は、『街の灯』への愛に満ちあふれていた。

そして観に来る人を楽しませることを一番に考えている映画だった。子ども、その親、カップル、映画ファン。すべての人を楽しませようとしていた。人が人を楽しませようと試行錯誤する姿は、『ウォーリー』の中でウォーリーがイヴを楽しませようと人類が遺した色んな物を見せて楽しませるシーンでも見られる。その姿はやっぱり愛らしい。『街の灯』でチャップリンがやっていたことに似ている。
だけど、『ウォーリー』と『街の灯』の違いはラストシーンにあった。
『街の灯』は、盲目だった女性がチャーリーのおかげで目が見えるようになり、あるとき、2人は再会する。しかし女性はチャーリーと手を握る前まで、浮浪者であるチャーリーを見て嘲笑っていた。手を握った瞬間、「あなたでしたの?」と言う。その表情は、深い。
普通なら感動の再会のシーンとして描かれるところをチャップリンはそうはしなかった。女性はチャーリーのことを金持ちの紳士だと思っていたが、目の前に現れたのは小汚い浮浪者だった。「見えるようになった?」と屈託のない笑顔で言うチャーリーに、女性は困惑の表情をし、悲壮感漂う音楽に乗せて、「ええ、見えますわ」と言い、『THE END』という文字。
美しいように見えて、残酷なラストシーンだ
一途なチャーリーの笑顔が痛々しく映る。

『ウォーリー』のラストも、残酷な展開が用意されていた。
だけど、ピクサーだからか、それともピクサーなりの『街の灯』への解答なのか、『街の灯』とはまた違うラストシーンが待っていた。この答えは人類への希望のように思えた。いつかはこの地球も滅びるかもしれないけど、そこに悲壮感漂う音楽もなく、『THE END』という文字もなかった。
ただ、観終わった後に残ったものは、映画や音楽など、たくさんの人の心を満たしてくれる、あらゆる作品への愛でした。
後半の展開はキューブリックの『2001年宇宙の旅』へのオマージュであり、作品全体はチャップリンの『街の灯』のリメイクでもある。

久しぶりに『街の灯』を観直した。
この映画にはすべてが詰まっているように思う。手塚治虫が生前、「どうすれば、人々の記憶に残る漫画が描けるのですか?」という質問に対して、「とにかくチャップリンの映画を観ろ。あれにすべての答えがある」と決まって答えていたようだ。それほどまで、人間にとって重要な映画なのだろう。
悲しいときこそ、おもしろく。
一言で言えば、それだけなのではないかと思う。
チャップリンは幼い頃に両親を亡くした。独裁者、アドルフ・ヒトラーも幼い頃に両親を亡くした。
二人は同い年で、誕生日が四日違い。どちらもチョビ髭で、顔が似ていると言われ、どちらも若かりし日は芸術家志望の青年だった。
共通点の多い二人が、どうしてこれほどまで違う道を歩むようになったのか。
それは間違いなく、チャップリンにユーモアがあったからだろう。
ユーモアがなければ。物を作る想像力がなければ。ユーモアと想像力に満ちあふれた映画や音楽がなければ、人々の心が満たされないような気がしてならない。

チャップリンとウォーリーを描いてみました。
人間とロボットですが、二人とも似たもの同士なのです。

2008年12月1日月曜日

【連載】しょこたんまいしてる 第2話~なぜ僕は生きているのか~

「仕事は何?」と聞かれるのが恐い

恥ずかしい。
08年6月7日。JCBホールで行われるしょこたんのコンサート会場に向かう電車の中でふと思った。
僕はいったい何をやっているんやろう。休日というのにサラリーマンの姿。僕と同い年くらいの人だ。途中下車し、携帯で仕事の電話をしている。僕はいったい何をやっているのか。乗り込んでくるサラリーマン。疲れた様子の表情をしている。僕はいったい何をやっているのか。彼らに囲まれた自分を客観視する。恥ずかしい。
『24才の大の大人が、年下のアイドルのコンサートに行く。しかも1人で』という事実を再確認し、『チケット代の五千円。下手したら僕の十日分の食費』という発想に辿り着いた。
18才で大学に入学し、22才で就職。これが典型的な僕の世代の歩み方。学歴と社会的身分を併せ持った、親に最も孝行できる人生のルート。そこから"夢"という言い訳にも似た大義名分のもとに脱線した僕は、親に孝行する間もなく、派遣アルバイターのまま、今日、アイドルのコンサートに向かっている。
安定した収入と、恋人の存在と、余裕の精神。これらが兼ね揃えてあるはずだった24才は今日、不安定な収入と、恋人の不在と、ギリギリの精神状態を兼ね揃え、しょこたんに会いに行く。そんな自分の姿は、10代の頃には決して想像できなかった。
しかし、生きるか死ぬかの貧窮生活の中で滑り込むように辿り着いたのがしょこたんのコンサートでもある。僕にとっての希望、しょこたんに会いに行く。この真実に勝るものはない。
でも、一方で僕は「お仕事は何やってるんですか?」という質問を恐れていた。
実は、チケットの余りが1枚あり、ミクシィの中川翔子コミュニティを介して、10代の女の子に譲ることになった。席も当然、隣で、開演までの時間、何も話さないわけにはいかない。
「はい。派遣アルバイターです!」と胸を張って言えたらラクだろうけど、虚しくも惨めな若干のプライドが僕を押し付ける。もし、彼女が「お仕事…」と質問を言い始めたら、「いやあ、しょこたんって本当かわいいよね!」と強引に押しのけるつもりだった。女の子の口から発される言葉ひとつひとつへの緊張感が、開演のドキ ドキ感と相俟って、僕の鼓動はもはやジェットコースターの最初の落下前のときのようだ。
しかし、幸か不幸か女の子は僕にそれほど興味を示すこともなく、質問もなく、話題と興味の矛先はしょこたん一点に集中していた。僕に興味がない。ある意味でジェットコースターは落下した。
それもそのはずだろう。会場は今、しょこたんのことが大好きな人で埋め尽くされている。4才くらいの女の子もいた。しょこたんは子ども向けのテレビ番組にも出演しているため、小さなお子さんにも人気なのである。隣にはお母さんがいて、お父さんの膝の上に座り、開演を待ち望んでいた。


母に無理矢理誘われ観た映画

彼らを見て、両親のことを思い出した。両親は僕の現状を決して歓迎していないだろう。ろくでもない生活で、余裕のない日々。幼い頃、僕もこの女の子のように可愛がってもらっていた。
心が苦しい。子供の娯楽のために親が付き添うという光景が、僕の胸を突き刺してくる。
映画館に映画を観に行くときにも同じような光景は頻繁に見られ、子どもが観るようなアニメ映画の映画館での『親は映画に興味はないが、子どものために一緒に観る』という無償の愛の光景に、妙に心が動いてしまう。
しかし僕はその逆で、中学時代に『僕は映画に興味はないが、母のために一緒に観る』ということがあった。
家で母が1人で泣いているところを見た。咳をして鼻水をすする音を隠し、目に溜めた涙を見せないために顔を隠したが、僕には泣いていることがわかった。この頃、両親が離婚しそうな雰囲気が続いていた。
東京に単身赴任の父が時々にしか家に帰らず、兵庫県に住む母との間に距離ができたのか、原因は当時も今もわからないが、「道宏、気にせんといて」と言ってきたのが余計に気になった。
僕は母も父も好きなので、離婚を最も恐れていた。当時の僕にとっては家だけが安全な場所なのに、それが失われるとどうなってしまうのだろう。
ある日、母は何の突拍子もなく突然「映画観に行こう」と無理矢理僕を誘った。そのときの母はいつもと様子が違い、目に涙を溜めていた。
『グッド・ウィル・ハンティング』という映画だった。何の興味もわかない作品だったが、ここで一緒に観ないと、母がとんでもないことになる気がした。最も恐れていることが起きるかもしれない。嫌な顔を隠して観に行った。
僕は、映画館の中が真っ暗闇なのをいいことに、映画に関係なくずっと泣いてしまった。
離婚せえへんといて。泣かんといて。
怖くてたまらず、涙が止まらなかった。観終わった後は感想を言い合うこともなく、無言で帰宅した。母は僕の涙に気づいていたのだろうか。
結局、両親は離婚しないまま、今は2人で韓国に旅行しに行くほど仲が良い。親子連れを見るたびに、いつもそのときのことを思い出す。


だから、みんな死んでしまえばいい

僕が映画の道を志したきっかけは、中学生の頃に母が「近くに映画館出来たんやし、なんか映画観に行ったら?」と言ってくれたことなのかも知れない。
『もののけ姫』を観た。当時、しょこたんも大好きな『エヴァンゲリオン』に心酔していた僕にとって『もののけ姫』の「生きろ」という押し付けがましい前向きなキャッチコピーに反発心を覚えた。『エヴァンゲリオン』の「だからみんな、死んでしまえばいいのに…」という後ろ向きなキャッチコピーのほうがしっくりきて、共 感した。
両親から誕生日に買ってもらったマウンテンバイクを盗み、ボコボコに壊して僕の通学路に捨てた奴。一対一でしゃべってるときは優しい子なのに、仲間と群れていると僕のことを罵ってくる悪い子に変身する奴。出席簿を投げてきて『キモイんじゃ。学校来んな』と攻撃してくる奴。死ね。全員死ね。
心の中でつぶやき、パンキッシュな狂気が僕の中で芽生え、「生きろ」というメッセージに反発した。「生きろなんて言われんでも、普通に生きてるっちゅうねん」と、むしろ腹が立った。
ところが、昨年の24時間テレビでその考えが正された。お父さんを白血病で亡くした女の子が出ていた。偶然テレビをつけていた僕はその女の子の過去や現在を知り、彼女のことが大好きになった。
彼女のお父さんはその子の9才の誕生日に、病室からバースデイカードを送った。弱まった手で一生懸命に書いた「おめでとう」というメッセージ。ところがお父さんの死後、彼女は生前の父親のおの女性関係の噂を知ってしまい、ショックを受け、バースデイカードを捨ててしまう。それからお父さんのことを思い出さないよう に日々を過ごしていった。
あるとき、ラベルの貼っていないビデオテープが気になり、再生してみた。お父さんが映っていた。お父さんに昔色んな場所に連れていってもらったことを思い出した。お父さんがまっとうできなかった夢を実現しようと、彼女は夢を追った。
かつて捨てられたバースデイカードは、こっそりお母さんが拾っていた。何年も経ってからそれを久々に読んで声を震わせるその女の子を見て、僕は「優しい人間になりたい」と思った。何をされても、他人に「死んでもたらええねん」なんて思ってはいけない。そして僕も人生をまっとうしたい。1人部屋にいながら、その気持 ちを涙で表した。


恥ずかしい、という気持ちが恥ずかしい

その女の子は、ステージに立っている。今、僕の目の前に立ち、たくさんのファンの歓声を浴びながら、歌い出す。
中川翔子。『しょこたん』という愛称で知られる、女性アイドル。歌手だった父の夢を追い、父と同じ道を歩んでいる。
僕は座席から立ち上がる。手を上げる。歌い出す。震える。飛び跳ねる。笑う。しょこたんのひとつひとつの動きに僕が反応し、しょこたんというたったひとつの存在に3千人に及ぶ大勢の観客が呼応する。
曲が終わる度に「しょこたーん!」という無数の声。僕も「しょこたーん!」と叫ぶ。こんな自分に驚いている。もともとライブが好きで、今までにも多くの会場に足を運んだが、ステージに立つ人の名前を呼んだことなんてない。恥ずかしいし、『呼んでどうなるわけでもない』という妙に冷静な気持ちもあった。
でも、僕はしょこたんに呼びかけたかった。同じ空気を吸い、同じ時間を共有し、同じ場所にいるという事実を明るみにしたかった。耳に届けばそれが成立する。多くのしょこたんファンの方々も、きっと僕と同じ気持ちなのだろう。
そして歓声ひとつひとつに応えようとする律儀なしょこたんの姿に、ここに辿り着くまでの電車内での「恥ずかしい」という気持ちが恥ずかしくなった。
ステージ背景の画面に『しょこたん☆ぶろぐ』に今までしょこたんが載せた自分の写真や愛猫の写真がたくさん映し出された。日々が走馬灯のように蘇った。どれもリアルタイムで見たことがある写真。そのときの僕自身のことを思い出す。
電話で怒鳴られる仕事を終え、安いカップ麺に湯を注いで3分間待つ間に見るブログを今、しょこたんのコンサートで見ている。そしてしょこたんは、中学の頃にいじめられ、家に引きこもっていたという暗黒時代を経て、亡き父の夢を追い、今ステージに立っている。その写真の数々は、僕がブログを通してしょこたんと共に生 きている日々の集大成だった。


沢山の人がいるから自分が生かされている

コンサートが終盤を迎えたとき、しょこたんのMCに僕の目が潤んだ。
「今日という日は一生忘れません。みんな産まれてきてくれてありがとう。今日までいろいろあって、ここに来てくれたんですよね。みんなのご先祖様にお礼を言いたいです。お父さんやお母さん方ありがとうございます。もし今日のコンサートが終わってから、辛いことや嫌なことがあったときに、今日という日を思い出して、こんなに貪欲だったということを思い出せば、きっと乗り越えられる。みんなずっと死なないでね。私も死なないように頑張ります」
あるひとりの男性客の叫び声、「俺しょこたんのためにぜってえ死なねえからー!」に同意。あるひとりの女の子の叫び声、「わたししょこたんに出会えて幸せだよー!」に同意。ある幼い女の子の叫び声「しょこたーん!まいしてるよー!」に同意。
かつて「生きろ。」というキャッチコピーに反発した僕は、この日しょこたんが送った「生きろ」というメッセージを受け取った。スタジオジブリよりもエヴァンゲリオンよりも、メッセージ性が強い。それはやはり、僕の傍には常に『しょこたん☆ぶろぐ』があり、しょこたん自身が希望の象徴であるからこそ感じ取れるものなのだ。
生きていることはなかなか実感できないが、なぜ自分が産まれてきたのかを考えると、やはり母がいて父がいるから生きているのである。しょこたんにはこれがわかっていた。
こんな我が子の姿を見て、しょこたんのお母さんである桂子さんは、どれほど嬉しいのだろうか。かつて娘が捨てた亡き夫からのバースデイカードを拾ったお母さん。「しょこたーん!」とファンの声援は鳴り止まず、しょこたんは突然、感激のあまり座り込み、土下座をした。コンサートが始まってから終わるので、延々と感謝の気持ちが伝わってくる。
しょこたんは、沢山の人がいるからこそ自分が生かされているということを知っていた。そしてその気持ちをありのままにコンサートで伝えた。そして僕も、しょこたんを始め、沢山の人に生かされていることに改めて気づかされた。
僕はこの声を聞くために生き続けた。病気になった耳を完治させた。そして胸毛がTの字を描いているヒーロー『タケウチマン』としてここに来たが、ヒーローは結局、しょこたんというヒロインに救出された。
なぜ僕は生きているのか。それがわかった気がした。
コンサートが終わった後、僕は変わっていた。チケットを譲った女の子からの「お仕事は何やってるんですか?」という質問が全く恐くなくなっていた。くだらないことに恐れていたものだ。
しかし見事なまでに女の子は最後まで僕に興味を示さず、コンサートの感想を言い合った。ジェットコースターは無事、元の位置に辿り着いた。


しょこたんが、日記に僕のことを書いていた!

コンサートの翌日も、いつもと変わらぬ日。仕事では売りたくもない商品を電話で売り、拒まれ、時に怒鳴られ、1日のノルマ達成のために焦る。しかし昨日のしょこたんの言葉を思い出し、笑顔を取り戻して、スーパーで一番安い菓子パンを選び、帰宅する。
そして昨日体験したこと、そのときの気持ちすべてを刻むべく、ミクシィに日記を書いた。コンサートレポ。しょこたんがブログをやり続ける大きな理由である『生きた証』を残すつもりで書いた。
翌朝、仕事に行く前にミクシィを開き、友人の日記を読もうと思い、眠たい目を開けた。
メッセージが34件届いていた。
何これ?
昨日書いたしょこたんのコンサートレポの日記のコメントが40件くらいついていた。
何これ?
知らない名前の方々から1分単位で足跡が付けられていた。
炎上?
恐る恐るひとつのメッセージを開いてみた。驚くべき内容が書かれていた。
『しょこたんが、ブログに竹内さんの日記のこと書いてますよ!』
えっ?
胸をざわつかせながら『しょこたん☆ぶろぐ』を閲覧した。
ブログにはこう書かれていた。
『今桂子が泣いてる。ネットで皆様の感想を読みあらためて感激しているの。みくしの竹内さんという方の感想文章が素晴らしいため泣いてる。翔子も痺れてる』
しょこたんのお母さんが泣き、しょこたんが痺れてる? 僕は目を疑うしかなかった。


mixi日記『中川翔子 貪欲☆まつり2008』
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=832265073&owner_id=662201

『しょこたん☆ぶろぐ』 2008-06-09 01:34:03 「ビッグバンビッグバン」
http://ameblo.jp/nakagawa-shoko/entry-10300266040.html


第3話へ