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2008年11月1日土曜日

【連載】しょこたんまいしてる 第1話~カップ麺130円へのオーバーリアクション~


どうして、こんなにヒゲが濃いんだろう

家に帰ると誰もいない。真っ暗闇の部屋の中、パソコンがついたまま。侘しく光るパソコンの画面に、電気代への不安が過る。
それでもパソコンをつけたままにし、インターネットを開き、クリックする。パソコンの光によって、まるでスポットライトに照らし出されたように、僕の姿には陰ができ、物悲しい。その光の先には、こう書かれてある。
『しょこたん☆ぶろぐ』
今日はしょこたんに何があったのだろうか。元気なのか。大変なのか。忙しいのか。これは、僕にとっての大切な確認作業であり、日課である。
ブログを読みながら、伸びたヒゲを擦る。痛い。夜にもなればヒゲは殺傷能力を備え付けているのかと思うほど濃い。
高校時代からこのヒゲに悩まされ、下校時間の夕方近くなると顔の下半分が青くなっていた。夕暮れ時間、空は赤く染まり、竹内は青く染まる。女の子に陰で「あの青い人」と呼ばれていたということを卒業後に知ったときは、ヒゲに憎悪を抱いた。
毎朝、この堅くて多いコンプレックスを剃る。完璧に剃ろうとしたら出血する。鼻の下の血の対応に追われ、バイトに遅刻してしまった事もある。女の子と2人で遊びに行くときも張り切り過ぎて、剃りすぎて、血まみれになった事がある。
なぜ、これほどまで濃いのだろう。マユゲも濃いせいで、高校時代に「エスパー伊東に似ている」と言われ、エスパー伊東がテレビに出るたびに自分を見ているような気がして嫌になり、チャンネルを換えた。両親は顔が濃いわけでもないのに、僕はいったい誰の子なのかと真剣に考えた時期もある。
体毛も濃い。身長164センチの貧弱な身体には似合わない胸毛がたくわえられている。恥ずかしくて海にもプールにも行けない。話題が胸毛一点に集中する気がして、人前で脱ぐことをできるだけ避けている。しかもその胸毛が『T』の字を描いており、まるでスーパーマンで言うところの『S』のようになっており、おのずと 僕が『タケウチマン』であることを見事に表示している。
けれどもこれがヒーローらしかぬ、体力のなさ。ケンカもした事がない。小学生の頃に父に1度、マンガを描いているところを邪魔されて怒って分度器を投げると、顔面を殴られたが、なぜかそのとき足を捻挫してしまったほど貧弱なのである。


食費を取るか精神の安定を取るか

貧弱であるが故に、力仕事は避けている。なるべく体力を使わない仕事を選んでいる。
派遣アルバイト先でテレアポの仕事をしていると、電話口からの怒鳴り声に目の前の景色が霞む。パソコンの入力画面を見る視点がぼやけ、目をつむってしまいたくなる。
クレームの対応。もし僕が完璧な正直者であったら「僕がミスしたわけではないんですけど」と言ってしまうのだろう。そして「この商品はそれほどお得ではないですよ」と言ってしまうのだろう。こちらから発信して、お客様にとって大変お得な商品を、電話で売る。「電話で受け付けるなんて怪しい」と言われても、「怪しいですよね」とは同意してはいけない。お客様に「俺をだますつもりか!」と怒鳴られても、「だますつもりです!」とも言えない。ウソをつく。今日もたくさんのウソをついて、仕事を終える。
派遣会社に送る、働く前の「出勤します」、働いた後の「退勤しました」というメール。これらを送信するたびに不安になる。もしも携帯を止められたら、このメールも送れない。携帯代も含め、生活費を維持するためには、病気は絶対にしてはならない。
したくなくてもなってしまうのは仕方なく、今年の5月、耳の病気に冒された。突発性難聴というもので、左耳が聞こえなくなった。「あゆみたい!」とも思ったが、浜崎あゆみは報道され、ファンからの励ましの声が溢れるが、僕は報道されることも、励まされることもない。
誰にも言えなかった。言ったところで、何があるというわけでもない。仕事で受話器をつけるのはいつも左耳。これを右耳に変えることで対応し、耳鼻科では自分にとっては多額の治療費を取られ、食費は当然削られる。
こんな生活を続けていると、不安との闘いになる。真っ暗闇の部屋の中では更に不安が助長され、夜も眠れない日々が続く。将来への不安はおろか、明日への不安がある。明日生きられるのだろうかと思うと、不安で、眠りに就けない。だけど明日は朝からバイト。寝ないといけないのに寝れない。不眠症から、精神的に追いつめられ、睡眠薬を処方してほしくなるが、それもまたお金がかかる。食費を取るか、精神の安定を取るかという、ジレンマ。こういった選択自体に苛まれるうち、朝が来る。
そしてまた、仕事場の電話口でお客様である年配のじいさんに怒鳴られる。皮肉なことに、睡眠不足からなる眠さにより、精神的ダメージが少しは軽減される。
それでも、突発性難聴は精神的ストレスから来たものであると診断され、プラマイゼロの感覚である。もともと神経質であるため、目の下はクマで真っ黒。マンガに描いたようにわかりやすい。
なぜ、怒鳴られているのだろう。なぜ、働いても貧乏なんだろう。僕はこんなはずだったのだろうか。
侘しさ、寂しさ、悲しさと同じように常に付きまとうのは「フリーター」「ワーキング・プア」、派遣の契約時期が満了に達したときは一時的に「ニート」といった肩書き。これらは別名『社会問題』。僕の名前は社会問題。社会問題には、彼女を作る資格なんてものはない。守ることも、支えることも、許されない。
学校を辞めてからは自己嫌悪と自信喪失から更に縁がなくなり、恋なんてものも何年していないのか。したところで実りさえしないのに。むしろ「フリーターだから」という言い訳をしていることに気が付き、すべてを社会問題の責任してしまう身勝手な考えに陥ることに更 に自己嫌悪になる。


しょこたんこそが生きる希望、活力だ

秋葉原で何人もの命を奪った加藤容疑者の存在には、ドキッとした。世間はあの存在を「気持ちが理解できない怪物」といったような扱いをして恐怖したが、僕は違うところにゾッとした。自分も加藤容疑者になる可能性があるという恐怖である。
数多くの報道を見れば見るほど、自分とはそう遠くない人間であることを感じた。そんな自分にも恐怖した。
満たされない生活、彼女のいない憂鬱、インターネットへの依存、抱えるコンプレックス。そういった点では、僕と共通する部分があったのだ。僕と同じ世代、いわゆる『キレる世代』と呼ばれていた世代。僕は今年で25才。酒鬼薔薇聖斗も同年代に当たる。
しかし、僕にはそんな彼らに提案がある。明らかに彼らと違う部分を、僕は持っている。それは、日々の「楽しみ」。それは、僕にとっての「しょこたん」。彼らも、しょこたんの存在を知っていれば、助かっていたのではないか。そして多くの犠牲者の命も奪われずに済んだのではないか。
なぜ、これほどまで1人のアイドルを好きになったのか。それは、しょこたんにも僕と共通する部分があったからだ。すなわち『貪欲』という精神。『楽しみ』を作る貪欲さ。これが、罪を犯した彼らには欠けていたのではないのだろうか。
彼女について、何が好きか、何に興味があるかなどを、『しょこたん☆ぶろぐ』を通じて僕は知っている。映画、音楽、マンガ、本、すべてにおいて、『楽しみ』を自分で作る好奇心。それを大切に想う気持ち。ブログにはこういった気持ちが頻繁に表れており、僕は激しく共鳴しているのである。『楽しみ』さえあれば、生きる希望となる。それさえあれば、苦痛にも耐えられる。そんな気持ちを改めて僕に教えてくれるブログでもある。
彼女の存在は『希望』そのものだ。明日を生きるための活力だ。『しょこたん☆ぶろぐ』は、深夜3時や4時といった時間帯にたくさん更新されることがある。コスプレしてアニメのキャラクターになりきり、愛猫と戯れる姿を撮った写真。仲の良いお母さんと一緒に、大きな声で歌っている動画。バカバカしくも微笑ましい。それを読むたび見るたびに、深夜眠れなくて苦しいときも「一緒に生きている」という感覚を得られる。
だからこそ、たまに更新されていない時間があると、不安になる。どうしたのだろうか。何かあったのだろうか。誰と会っているのだろうか。まるで身勝手な妄想に苛まれ、『最終回』というタイトルの日記が書かれブログが終了するという悪夢さえ見てしまったこともあった。
フリーターで、彼女もいない、家賃4万円も滞納しそうで、体毛に包まれた、未来が約束されていない僕でも、これほどまで魅力的なアイドルと、同じ時間を共有している。同じ世界を生きている。そんな感覚を得られる。それもしょこたんの貪欲さゆえの感覚であると思っている。


「笑った顔がキモイ」と言われた中学1年生

しかし、その僕も持っている貪欲というものが、僕を貧困に陥れたという部分もある。
昨年、映画の専門学校を学費が払えなくなり中退した。大学卒業後、フリーターになって自分で学費と生活費を150万円ほど貯金したが、たった半年の間で恐ろしいくらいに金は無くなり、中退という道を選んだ。
単身赴任で東京に住んでいる父と実家に1人で暮らしている母には申し訳なくて「自力で何とかする」と約束しただけに、当然、自給自足の日々。中退後、日払いの派遣アルバイトで食いつないでいる。明日の生活のために働いている。「生きている」という実感を感じざるをえない環境に立っている。そうさせたのは、ひょっ として、中学時代の貪欲な僕自身なのかもしれない。
中学生の頃、兵庫県にある実家の近所に映画館ができてから、お小遣いを使って毎週のように映画を観に行った。ハリウッドの大作から日本映画まで、公開されるものを片っ端から観た。そのおかげで今、お金のない生活がある。
あの頃に親からもらったお小遣いを、今の僕が生活のために使いたい。そうすれば、竹内少年は映画の道を志すこともなく、ここにもいなかったのではないか。夢を見ることもなく、大学を卒業すればそのまま就職していたのではないか。映画というものに貪欲だっただけに、今の虚しい生活がある。
中学1年の頃、テニス部に入ったが、1日で退部した。いわゆる「個性的」とされる僕の顔や仕草や癖に、周囲からの集中峰火。おまけに走るのが遅く、運動神経はまるでゼロ。退部したことによっての「情けない」といった自己嫌悪、そして誰かの笑い声が聞こえると「自分が笑われているのではないか」という被害妄想。そし て理由なきイジメが始まった。
「笑った顔がキモイ」と言われ、笑わないように徹した中学1年生。自分には何もなく、一生このままなのではないかと思い、部屋に閉じこもり、マンガばかり描いた。
こんな僕を救ってくれたのは、美術の授業のときに隣に座っていた不良の男の子だ。
「お願いや、俺のも絵描いてくれへんか?」
彼から頼まれ、美術の課題を描いてあげると「めっちゃええ点とったわ。竹内くんは絵うまいなあ。ありがとうな」と気に入られた。地元でも学校でも有名な不良だったせいか、その後は自然とイジメもなくなり、僕の生活に平穏が訪れた。そして先生には生徒会役員になるのを薦められ、人前に立つことに慣れることができた。
これも、あの不良の男の子のおかげ。そして僕が部屋に閉じこもってマンガばかり描いていたおかげである。
しょこたんにも、中学生の頃は生まれつきの胃腸虚弱によってイジメられ、部屋に引きこもってずっと絵を描いていたという暗黒時代がある。そのせいか、絵がものすごく上手い。引きこもっていたおかげで、自分の世界が確立されたのだろう。
僕もひとりでいた時間が長いせいか、おこがましくも『自分の世界』というものを持っているとは思う。そして『自分の作った物で、人と接する』という魅力を知ってしまった。
高校生のときにホームページを開設し、自分の絵や文章を通じて、会ったことのない人々と繋がろうと望んだ。ミクシィもそういった意味で利用し、派遣アルバイトから帰ると、すぐさまチェックする。足あとがついていると安心する。ひとりじゃない。こんな時間でも起きている人がいる。寂しさの解消。ゆえに中毒。孤独な心 の隙間を埋めるために、パソコンは随時つけているようなものである。


また同じような明日がやってくる

学校を辞めてからも先生の「脚本を頑張って書いていきなさい」というアドバイスのもと、いまだに映画の夢を諦めきれず脚本を書いている。カップ麺片手に書いている。
と言いたいが、カップ麺がこの春、突然の値上げをして、とてつもなく驚いた。今まで100円前後で買えていたはずのカップ麺が突然、160円前後という値段になり、財布は堅く閉じることとなった。
しかしその中でもしょこたんがCMをしていた『麺づくり』だけは比較的安い。130円程度で買えるので、一日三食『麺づくり』を食べることもある。しょこたんがCMさえしていれば、髪の毛をエッセンシャルでダメージケアしたくもなるし、お金を借りるならプロミスに行きたくもなる。それほどまで、生活の中でしょこたんという「希望」に近づくことで、安心感を得られるのだ。やはり、真っ暗闇の部屋の中で『しょこたん☆ぶろぐ』を開いたパソコンが発する光は、僕をスポットライトのように照らし出し、物悲しい陰も作るが、僕を主人公にもしてくれる。
僕が主人公の妄想の脚本には、しょこたんが登場する。しょこたんがもし悪い奴らに連れ去られたら、僕が助けにいく。タケウチマンの登場だ。胸毛によりグロテスクな柄の身体でも、楳図かずおのマンガやカルト映画を敬愛するしょこたんなら、許してくれるだろうか。
昨年、道を歩いていると突然男に痴漢されたという『しょこたん☆ぶろぐ』の日記についても、自分の脚本の中でその男をボコボコにしていた。病院送りにしていた。走るのも遅く、運動神経はまるでゼロ、イジメられた経験のあるタケウチマンは、現実にはそんなことはできない。だけど、確立された『自分の世界』の中ではい つでも自由だ。しょこたんを幸せにすることもできるし、しょこたんを守ることだってできる。
繰り返される毎日の生活が辛いから、もう味わいたくないのにまた同じような明日が来るから、それでも僕は生き続けたいから、この世界に浸らせてほしい。
『しょこたん☆ぶろぐ』は僕にそれを許してくれる。これは決して間違ったことを言っているとは思わない。しょこたんは、アイドルの中のアイドルだ。あきらめかけていた夢とは別に、夢を見させてくれる人なのだ。
恋をしても許される、失恋ばかりの過去でも許される、こんなマユゲとヒゲと胸毛に包まれた僕でも許される、それが毎日の『楽しみ』の正体、しょこたんなのである。
気持ち悪いが、これが僕なのだ。女の子にモテることもなく、触れ合うこともなく、明日の生活もままならなくても、好きだという気持ちだけで心は満たされていく。
仕事の電話口で怒鳴られ、説得するのにしゃべりすぎて喉が乾き、飲み物を買いたいが残金に不安を感じて我慢して家に帰り着いた僕を待っていた、パソコンの光。その中にいるしょこたん。
それはまるで、侘しい一人暮らしの家で帰りを待っていたかのような希望の光だった。
僕は言いたい。上京して、一人暮らし、お金もなく、夢も霞んで見える方々に言いたい。
なぜ自分は生きているのか?
僕もたまに思う。でも、そんなことはどうでもいい。理由よりも、明日の「楽しみ」があり、いわゆる「希望」があればいい。それだけで、生きていける。
今、僕はチケットを握りしめている。
『中川翔子 2008コンサートツアー 貪欲☆まつり』
この日までにはと思い耳鼻科で耳の病気を完治させ、完全な状態で臨んだ。珍しくマユゲを整え、ヒゲを血が出ても完璧に剃り、胸毛をTシャツで隠した。僕の闇に光を差し込ませ、生きる希望として存在する、僕の生活の大部分、しょこたんを見るために。


第2話へ

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