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2006年11月30日木曜日

俺のセックス・アンド・ザ・シティ


大阪、新世界。

年輩の男女が大声で罵り合っている。ワンカップを片手に歩いているおっさんが意味不明な言葉を呟いている。通天閣のふもとの壁にはじゃりん子チエが描かれているが、全く似ていない。
新世界のどのへんが新しい世界なのかは分からないが、俺の日常の光景からは確かに逸脱しているため、"斬新世界"と呼んでしまいたくなる。

この日はあと5ヶ月後に関西を離れる俺にとって、上京先の生活費・学費を貯めるための連日バイトの中で久しぶりの休日だった。心斎橋で友人のバンドのライブを観る時間まで、友人とお酒を飲んでから時間を潰すために斬新世界の街を一人ぶらついていた。
そして、日本橋の吉野屋で牛丼を食べた後にふと思った。

「関西の思い出になるようなことをしたい」

その願望が、通天閣近くのローソンの角を曲がって直進し、左に曲がったところにある成人映画館に足を運ばせた。
俺はその足を呪った。
そして目先の欲望を、ただただ悔やんだのだった。





『浮気妻 ハメられた美乳』

内容が一目で分かる親切なタイトル。ポスターの中の女優の目が誘い込んでいる。それに応えなければならないのが哀しくも男の性だ。俺は浮気妻がいかにしてハメられるのかを確認すべく、一人で成人映画館に足を踏み入れたのだ。

館内は真っ暗だった。
通常の映画館のように足下を照らす誘導灯は一切なく、光っているのはスクリーンと客席後方の映写機から発される高熱のランプ。そして、怪しく緑色に輝く『非常口』の看板のみ。
まだ暗闇に慣れない目で、スクリーンの光だけを頼りに手探りで程よい座席を探した。人の気配がなく、遠くの座席にポツリポツリと人影が見える程度だった。

映画の内容は、車を運転して轢き逃げしてしまった浮気妻が被害者に「その代わりにお前の身体を戴く」と求められて、身体を許してしまってその身体を許すシーンが大半を占めていた。
館内に響く喘ぎ声と、それに伴う卑猥な効果音。
ようやく暗闇に慣れてきた目は、前の座席の後ろに貼られてある『日払い可/保証人不要』という普段見慣れない広告を見つけた。その文言は新世界というロケーションの怪しさを存分に発揮し、人気のない成人映画館という非日常の世界と相俟っていた。

「これで関西の思い出がひとつできた」

俺は満足げにひとしきり作品を鑑賞していた。
しかし、そのときだった。
劇場は空いているはずなのに、俺の座席の隣に突然人の気配を感じた。
「よっこいしょお」
それは、低い声と共にやって来た。その瞬間、手と股間に違和感を覚えた。

俺の手は強く握られ、その手で強引に股間を弄られているのである。

突然の非常事態に俺は我を忘れた。「あっ、わっ」と小さな悲鳴を上げた。俺の手を強引に握り、それを股間に追いやる主を確認した。

おっさんである。

映画鑑賞中の突然の出来事に、引き続き「ちょ、あっ、まっ」と言葉にならない悲鳴を上げる俺は、動揺のあまり「こ、こ、こんなことほんまにあるんすね」と尋ねた。すると、おっさんは優しく囁いた。
「怖がるこたぁない。こうしてればええんや」
その優しさは要らなかった。優しさが優しければ優しいほど、本来得るはずの安心感と反比例をしていた。
そして、この劇場内で数少ない光を発する『非常口』にその名の通りの役割を求めた。

噂には聞いていた。
こういった成人映画館がいわゆる"ハッテンバ"と呼ばれ、ゲイやホモの方々が集まる場所になっているということを。
それは行ったことのない者たちが噂に惑わされているのかも知れない。真実は自分の目で確かめないと分からない。
だが、その通り正解だった。その答えを導き出した足を呪った。
今、この足は突然の出来事に応答できないでいる。恐怖のあまり凍えている。ビクビクと震えている。身動きが取れない。金縛りのように全身を囚えている。
それは決して11月の寒さのせいではない。間違いなく、俺の股間を弄るおっさん。タートルネックを着た、このおっさんのせいである。



そのタートルネックに何かしらの隠喩を感じた。

ある広告のように、おっさんはまだ男として成立していないのだろうか。ただ、ひとつ言えることは決して女ではない。その事実が俺をひたすら苦しめ始めた。

「にいちゃん、いくつや?」
「23です。……おっちゃんは?」
「当ててみ」
突然のミニクイズだ。
正解しても何の景品も得られない。ただ今、俺はおっさんに股間をマークされている。ここで当てなければ、この股間がどうされてしまうのか分からないのである。まるで100万円でも手に入れる気持ちで答えを捻り出した。
「50くらいですか?」
「当たりや」
正解した。
とはいえ、変わらず股間は弄られている。おっさんが俺の手を握り、その手が俺の股間をぐりぐりと刺激する。いやしかし、この会話の中で新たに話題を作ることで、話が逸れるように手も股間から逸れるのではないか。
そんな淡い期待を胸に抱き、逆に質問を繰り出した。
「50何才ですか?」
「そんなんどうでもええ。にいちゃん、ここ初めてか?」
質問はあっけなく払い除けられ、手は股間から逸れなかった。
「初めてですね」
「ここはな、ゲイやらホモしかおらんねん」
「ほんまやったんですね」
「ほんまや」
「めっちゃ驚いてます」

「だから怖がるこたぁないがな。ほれ……」

突然、おっさんの握力がアップした。それと同時に、俺の股間への圧力もグレードアップした。 
「手伝ったろう」
「いいです、ほんまにいいです」
「なんや。にいちゃんはこういう(成人映画)の観て勃つんかい」
「さっきまでは一応」
「ほっほっほ」
笑った。
「でもしぼみましたね」
「なんでや?」
「触られてるので」

「なんでやねん。男はあかんのかい。ほれ……」

これは「ほれ」という言葉と同時におっさんの握力がアップする仕組みだ。さらに過熱するその手の温もりが、股間とデッドヒートを繰り広げている。
ここで大変な状況に置かれていることに気が付いた。おっさんによって逃げ道が完全に塞がれている。俺の左にはおっさんで、右には大きな壁。俺が逃れられないことを知って、おっさんはこの位置に腰掛けたのだ。
その通り、劇場内は『ハメられた竹内』と化していたのだ。

スクリーンの中で女優が「あん、あん」と喘いでいる。それに便乗するかのごとく、おっさんの手が俺の股間を操作する。いみじくもリズミカルに呼応し、脅威のインタラクティブがそこにあった。
「男もええで。ここには男好きばっかおる」
「女の子には興味ないんですか?」
「あるっちゃあ、ある。せやけど男のほうがおもろい」
俺はおもろくない。
時間の経過と共に強くなっていくおっさんの握力に、抗う手に力を入れていた。そこで「抗っている様子が逆に興奮させてしまっているのでは?」と不安が募り、方向転換を目論んだ。
「手、あったかいですね」
「ほっほっほ」
笑った。
逆効果だ。歓ばせてしまった。
「そろそろ勃ってきたんとちゃうか?」
さらに俺の股間を激しく弄り始めた。ハメまくろうとした。ハメを外していた。そんなハメにあっていた。

おっさんはこのような状態になっていた。




"一歩先のオトコ"になろうとしていた。

タートルネックが恐ろしく感じた。すべてのタートルネックがそういうことなのではないかと脅えた。
おっさんが笑い声を上げたことで、人気のない劇場内にもう一つ笑い声が響いた。そして、スクリーンの前で何かが動いた。
複数の人影だった。嫌な予感がした。
このままでは、映画の中の浮気妻よりも大変な結末を迎えるかも知れない。何とかして会話の中で脱出の糸口を探すしかない。
「今何時ですか?」
「えっとな。(携帯を取り出して)20時8分や」
なぜか律儀に時間を教えてくれた。おっさんは股間を弄ること以外は親切で、いい人なのかも知れない。
いや、ここは人間性を評価している場合ではない。
「僕そろそろ行かないと」
「まだええやないか。こうしてればええ。怖がるこたぁないで」
「いやいや」
「おっちゃんが優しくしたろ」
「僕みたいに何も知らずに入ってくる若い人っておるんですか?」
「おるで。みんなの餌食や」

餌食?みんな?
震え上がった。
スクリーンの前を横切った人影。どこからともなく聞こえてくる笑い声。おっさんが"みんな"と言い表す存在を暗闇の中で確かに感じた。ここにはおっさんのようなタートルネックが今、たくさんいる。そんな予感を拭えず、俺の股間を弄る手が一本では済まない気がした。

タートルネックは一人ではない。暗闇の中で、このようにスタンバイをしているのではないか。




ビートルズの2枚目のアルバム『With the Beatles』のジャケット。

まさに暗闇で俺の股間を狙っているタートルネックたちを表している。もはやタイトルの"With"も恐怖でしかない。これからHard Days Nightが始まるのかも知れない。おっさんの「こうしてればええ」にはLet it Beのようなものを感じられず、俺は股間のRevolverに危機感を覚え、Helpを叫ぶしかない。
おっさんが求めるGet Fuck。これも一つの、アッーDay in the Lifeなのだろうか。

「餌食とは」
「高校生の子でおっちゃん目当てで来る子もおるで。かわいいもんやわ」
「高校生、まじすか」
「あのへん(スクリーンの前を指差して)で、みんなでかわいがっとるで」
「すごいですね」

思いがけず評価してしまった。
高校生が餌食となっているという怪情報を得た。そして俺の周囲では恐らくビートルズが待ち構えている。一刻もここを早く抜け出さなくては、と意を決するが、俺はおっさんと壁に挟まれている。
そう容易に逃げ出すことはできないのだ。
「あぁ……あぁ……」
いよいよおっさんが喘ぎ始めた。これはスクリーンの女優の喘ぎ声とのセッションなのか。アンソロジーに収録されるつもりだろうか。タートルネックは脱皮し始めて、おっさんが最終形態に向かっていることを容易に理解した。

「ああっ……」
快楽に溺れているせいか、おっさんの握力が一瞬弱まった。
今や!!!
俺は足を大きく上げた。座席の上に立った。そして大きくジャンプした。右隣の壁によじ上った。
アクション映画で爆発から逃れるヒーローそのものだった。

「僕帰ります!!!」

「もう帰るんかい!!!」

律儀に時間を教えてくれたおっさんに対して、念のため別れの挨拶を残した。おっさんの叫び声が後ろから聞こえ、それはどこか寂しげに感じた。
それを聞こえないふりをして壁を通り越え、猛ダッシュで劇場入り口へ突っ走った。

こうして無事、俺は劇場を抜け出した。


結局、美乳がどれくらいハメられたのか分からなかった。その帰り道、大阪の街ですれ違うおっさんすべてが俺の股間を狙っているような錯覚を覚えた。特にタートルネックには背筋が凍る思いをした。
これが新世界か。斬新な世界を見せていただいた。

帰宅後、その成人映画館をネットで検索した。掲示板が見つかった。そこには『○日○時に女装してスクリーン前にいます』などと情報交換がされていた。この掲示板を先に見ていたら俺は股間を弄られることも、ビートルズに恐怖することもなかった。
股間があらゆるタートルネックからAll Need is Loveされることもなかっただろう。
翌日、俺は寂しげにYesterdayを口ずさんだ。
おっさんの手の温もり。それは無残にも俺の記憶に刻み込まれた。

そして、この曲がすべてを暗示していたのだ。



「I Want To Hold Your Hand」


ビートルズよ、そういうことだったのか。



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