大学時代からの友人のバンド・チッツの現メンバー最後のライブということで、大事なバレンタインデーを捧げた。とはいえ予定は何ひとつなかったのでちょうど良かった。
言ってしまえばチッツが目当てだ。
対バンで観たバンドにグッとくることなんて滅多にない。疎外感幸子と佐伯誠之助くらいだった。後者は別の意味でグッときた。別ではなく、本当の意味でのグッというのは心を鷲掴みにされるライブであり、言葉と演奏とパフォーマンスがすべてを握る。
この日の出演者は、チッツ、クッダチクレロ、ヨルズインザスカイ、MASS OF FERMENTING DREGS、THE GUVA、Telomere、ミドリ。
初めて観たミドリのライブは、それをやってのけた。
ライブが始まる。男性メンバー3人が演奏を開始する。不穏なメロディで、不気味な照明がチカチカとステージを照らす。
キーボードのハジメが着ているジャージは後ろに『アキバ系』と書かれており、アップライトベースをうねうねと響かせる劒樹人は胡散臭いチンピラのような白いジャケットを着ており、ドラムの小銭喜剛は上半身裸でイレズミが入っている。
全く統一感のないメンバーが演奏するステージに、一人の女性が上がってくる。豹柄のコートを羽織っている。関西のガラの悪さを体現してるかのようなファッションだ。すると女性はマイクを取り、ドラムスティックでシンバルを叩く。
その叩き方は暴力だった。ライブハウスが一気に凍りついた気がした。
「やってええんかぁああ!!?」
小銭に向かって叫び、威嚇する。ドスの効いた声で、更に空気が凍りつく。緊張感が走る。途端に豹柄のコートをスルッと脱ぎ、その女性の正体があらわになる。
後藤まり子という人。
セーラー服姿で、おかっぱのボブ。
かなりのべっぴんさん。
こんな人が叩き、叫ぶとは。
感嘆の意を胸に抱いたその瞬間、ギターを抱えた後藤まり子は急にスイッチが入ったかのように演奏と共に暴れまわる。
『わっしょい。』という曲らしいが、髪をふり乱し、デス声を響かせる。ものすごい迫力だ。恐い。けど、可愛い。どう感じればいいのだ。「のたうちまわる」という表現が正しい。何かにとりつかれたかのように、マイクに口を近づけて絶叫するボーカル。周囲の男3人の雰囲気といい、この人たちはタダモノではない。
『お猿』ではギターを置いた後藤まり子がステージから客席フロアに降り、歩き回りながら歌う。人がそれほどいない客席は自由自在に歩くことができ、後藤を観るべきかステージを観るべきか、とお客さんの中では2つの選択肢があった。ステージを選んだ僕は男性メンバーの演奏を観ていた。ふと、そのとき背後に気配を感じた。くるっと振り返ると、後藤がすぐ後ろに立っているではないか。でも、なんだ。口に何か含んでるような顔をしている。
その瞬間。
ブシュッ。
後藤は口から水を吹きかけた。僕の顔面に目がけて水が大量に飛び込んできた。なんなんだこれは。どんなバレンタインデーなんだ。
すぐ隣にいた女性客が思わず「個人攻撃っ…!」と、『新世紀エヴァンゲリオン』の赤木リツコばりに解説をした。このとき、使徒ばりに十字架の形をして消滅した気になった。正直、一瞬ムカッとした。そりゃそうだ。冬に水を浴びるなんて。しかも口から。
だけど、可愛かった。
これは許すしかない。途端に笑顔になった。男は単純なのだ。後藤まり子という人はそれを熟知してるかのような、女の塊に見えた。女の怨念、観念、邪念。すべてを持ち、すべてを吐き出していた。
ジャズのような曲調で延々と「あんたは誰や 私を惑わすあんたは一体誰なんや」と後藤が言い続ける『あんたは誰や』は強烈なインパクトを叩きつけた。
曲の途中、小銭に向かって「おい、あんたは誰やねん」と低い声で脅迫する後藤。小銭の頬に思いっきりビンタする。バッチーーン!と漫画のような擬音が出るくらいの音。しかも何度も。小銭は絶叫して答えたが、聞き取れない。そして劒に向かっても、髪の毛を掴んで「おい、お前は誰や?言うてみいボケ!」と迫る。なんだこれは。こんなライブ、観たことないぞ。更に首が曲がるくらいに髪の毛を引っ張り、それでも劒は黙々とベースを弾き続けていた。
「僕は一体誰なんや…」
突然、落ち込んだようにステージにしゃがむ。その後、ステージを降りて客席を歩き、煙草の灰やビールの水滴、靴の裏側などで汚れきった床に倒れ込み、「誰なんやぁああ…」と悶える。
お客さんは反応に困っている様子で、特に歓声はない。
いまだかつて味わったことのない緊張感。
これは心を鷲掴みにされたというよりも、胸ぐらを鷲掴みにされたような感覚に近い。ステージで演奏するメンバーはおろか、客までもが銃口を突きつけられたかのような緊張感を味わえる。スリリングだ。ジェットコースターライブだ。たまらない。
最後は『POP』というラブソング。
「ある朝、突然あなたが死んだら私は大変喜ぶでしょう。もうこれ以上涙を流すことはないと言ってたくさん泣いて、悲しむでしょう」
乙女の心情を綴った歌詞。先ほどまで男を殴り、髪の毛を引っ張った人とは思えない女の子ボーカルが可愛く響き、センチメンタルなメロディのピアノが優しく鳴る。このふり幅。恐怖から突然、感動へ。
曲が終わる頃、またドラムスティックを手に持ってシンバルを叩く。そのシンバルさえも手に持ち、客席フロアでシンバルを鳴らす。これまた暴力的というか、感情に直結したような叩き方。それは最初に感じた「恐い」というよりも、「泣ける」ものだった。大きく振りかぶって叩き続ける。
「ありがとうございました!ありがとうございました!ミドリでした!」
泣きそうな声で叫び、ドラムスティックを投げて逃げるように楽屋に走っていく。ステージの男性メンバーたちが演奏を終わらせ、ミドリのライブが終了。
嵐が通り過ぎたようなライブだった。
メンバーがビンタされ、髪の毛を掴まれたように、自分も水を吹きかけられた。自然と演奏に加わったような、当事者のような気持ちになった。ただ恐いだけではない。そこには感情が充満していた。えげつない感情ばかりなのだろう。だけど、可愛いのは一体なぜなんだ。あの女性に一体何があったんだ。
とても興味が湧いた。これは特別な感性ではないはずだ。
対バンで心を鷲掴みにされ、胸ぐらを掴まれた。
「あんたは誰なんや!?」
自分とは一体誰なのか。これは自分の名前を言えばいいって話じゃないのだろう。そんな気持ちにさせるほど、人間の狂気を垣間見た。
あの人がとても気になる。そんなミドリのライブでした。

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